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シャーロキアンを目指す旅⑤

4日目 結局手に入れた!幻の?青いガーネット

6月28日(月)
26日にしそこなった「青いガーネット」コースの残りを片付けるべく早々に出発した。
サウスモルトン街はなかなかいい道だと何かで読んだので、その道を取りブルック街からクラリッジズへ。ここが起点であるが、目的はアフタヌーンティを予約しておくことだ。夕方の4時に予約したから、その時間にはここへ帰ってこなければならない。
ちょっとした制約になるけれど、ブラウンズが駄目なのだから、念のためってことね。
目的はセント・ジェームズ公園からの先なのでそこまでは歩きたい道を通る。デーヴィス街、バートン街、セヴィル・ロウ。
「地下室でお針子さんが縫っているのが見えるわ。ここで作ってもらうと幾らぐらいかかるのだろう?」
王立美術院を通り、フォートナム・メーソンを見つけ「ここのアフタヌーティはいいの?」、一応名前を聞いているからとジャーミン・ストリートを覗き、デューク街からキング街へ入って「あ、クリスティー!」。
「三人ガリデブ」でめったに外出しないネーサン・ガリデブが外出するのはクリスティーかサザビーズと書かれていたし、「高名の依頼人」ではグルナー男爵の所に出かけるワトソンにホームズはクリスティーの名を出せと言っていた。そういえばさらっと通ってしまったが、私たちはボンド街でサザビーズの前も通っているのだ。
さて、セント・ジェームズ街。
今日は何もないと見えて通れる。
ペル・メルからカールトン・テラス・ハウスへ抜ける。
「プライオリ・スクール」のホールダネス卿のロンドンの家がここだ。立派で美しくそれにふさわしい建物だ。当時とそうは変わっていないのだろう。貴族なんてと思う反面
「イギリスに生まれるならやっぱり貴族だろうね。」
「そうだよ、ホールダネス卿はロンドンのカールトン・テラス・ハウスの他に事件の現場となったハンプシャー州のホールダネス館と、ウェールズにカーストン城を持っているんだもの!」
などと妙にむなしい会話をしたり、ホームズが珍しくしっかりこのホールダネス卿から巻き上げたのに共感をしたりしながら、ザ・マルからセント・ジェームズ公園に入る。
のんびり公園内を散歩している人の群れの中に紛れると、せかせかしていた私たちの足取りも穏やかになり、セント・ジェームズ・パーク・レークの畔のベンチで一休みして、ロンドン滞在気分に暫しうっとり!
この池越しに見た外務省の建物がとてもいい雰囲気だったので(ただし、それは百年前のロンドンの写真だったのだけれど)私たちもあの海外条約文書事件の舞台をそこからゆっくりと眺めてみたいと思ったのだ。
しかしあぁ!私たちは時の経過というものに思い至らなかったのだ。池の周りの木は生長を続けており夏に向かう勢力旺盛な季節とあいまって、殆ど建物を覆い隠していたのだ。ほんの少しそれと分かる屋根だけをもったいぶって見せてはいるが。
それでも水辺の輝きと水鳥の多さと咲き乱れる花の色彩が、あのモノクロの写真には無い魅力を見せてくれているから、まぁいいかしら。
バッキンガム宮殿を見渡せる池を渡り、クィーン・アンズ・ゲートから公園を出る。
ライダーは盗んだガーネットをポケットの中で握り締めて、真冬の公園を冷や汗を額に浮かべて急ぎに急いだのだろうに、私たちは最高の季節の高い晴れ渡った空の下を日よけの帽子の下でまぶしさに目を細めながら気持ちよく歩いている。ライダーが気の毒なような?
ブロードウェイからトットヒル街に折れる。ここを折れずに道生りに行くと今現在のニュー・スコットランド・ヤードの前に出るはずなのだが、「ねぇ~」と相棒に呼びかけてみたけれども、相棒は
「駄目。ホームズはそんな新しいビルなんか知らないんだから、私だって硝子のビルには興味ありません。」ですと。
ホームズを賛美し嫉妬もした警部たちの子孫、弟子たち?が今あそこに居るんだけれどなぁ。
さて道を急ぎますか。トットヒル街を行くとウエストミンスター寺院の裏手に出て、ディーンズ・ヤードに入ると、そこは神学校の中庭のような趣だ。グレート・カレッジ街にかけて教会の諸道具屋が並んでいる。そう、まるで京の西本願寺門前の仏具屋街のような神具屋街といった感じ。ウィンドゥに僧服が並んでいたり、宗教関係のと思われる本屋があったり、儀式に使いそうな諸道具を並べた店も有る。
この通りは又「第二の汚点」のゴドルフィン街のモデルではないかと言われている。こんな横道なら二重生活をしている男にはうってつけかもしれない。ひっそりとしていて、神域?の趣もあり、後ろ暗い男が住むようなところとは思えないもの。
ミルバンクに出て、すぐ先のグレート・ピーター街を覗く。「四つの署名」事件でホームズはこの通りの郵便局から電報を打っている。
地図には郵便局のマークは無いが、割合に長い道なので歩いてみると見付かるかもしれない。だけど今は反対の方向へ行く予定なので割愛して、ミルバンクに戻る。
「四つの署名」ではホームズは川向こうのモーディカイ・スミスの船着場から渡し舟でこの辺りに渡ったのだ。
この道は以前に来た時も絵を見るためにテート・ブリテンまで歩いている。
その時も今もあのミルバンク懲治監と言う建物は見当たらなかった。
真っ青な風の吹くこの明るい川辺には似つかわしくない建物には違いないが、今はもう無いのだろうと思って通ったのだが、帰って調べてみて驚いた。1893年に取り壊されて、あのテート美術館がその跡に建ったのだった。昔と今のなんという違い!
青いガーネットの運ばれた道に戻り、ランベス橋を渡る。
橋の上ではどうしても立ち止まってしまう。テムズが両岸に繰り広げる景色がまたしてもとても魅力的なので。橋を渡ると直ぐ左側にはランベス宮が見える。
その手前のセント・マリー・ランベス教会の建物が庭園史博物館になっている。ついでだから覗いてみたら、中庭でお茶もできると言うので一休みすることにした。何しろ期待いっぱいのアフタヌーンティが控えているのでランチは諦めて、カフェ・クレームと素朴なパウンドケーキの一切れを頂くことにして庭のテーブルに着いた。
荒れ放題の庭に見えたけれど、これが感じはいいのだ。それに何より入り口受付の枯れたおじいさんがイギリス老紳士然としているのが又とてもいいのだ。
時間とあってランチを注文する人が数人。そしてテーブルに運ばれてくるお皿を見ていたら、これがまた妙に食欲をそそるいい感じなのだ。小さいし何てことも無いのだけれど妙に自然で気分のいい場所で、
「次回はここでランチを取るようにしてもいいくらいだね。」
私たちの意見も一致した。
アルバート・エンバンクメントの昔の写真があったのでそれを買って、そのアルバート・エンバンクメントをボクソール橋まで歩く。

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〈写真 アルバート・エンバンクメント〉

ボクソール橋と書いたがそれは持っていた地図がそうなっていたからで、正典の翻訳ではヴォカスホール橋またはヴォックスホール橋となっていたり、又参考にした本ではヴォクソゥル橋となっていたりで、さぞ発音が難しいんだろうなぁと思っていた。
「一度地元の人の発音で聞いてみたかったよねぇ。」
ここでも又橋の上に立ってしまったら、又暫く眺めに引き止められてしまった。一つ橋を遡っただけで、もう景色は凄く違っているのだから。
だがこの橋から見るこちら側のロンドンはずいぶんと殺風景だった。橋の袂には新しいロンドンの一面を見せる新しいマンションが綺麗な姿を見せていただけで、ハリフォード街、ケニントン街、オーバール、ケニントン・パーク街、ブリクストン街と辿ってみたけれど、あまり楽しい道ではなかった。
通る人も無く、ごみ屑が風に舞い、すすけていた。
勿論、この「すすけていた」は「煤けていた」ヴィクトリア朝の石炭の煤煙によるスモッグと霧のものでは無い。埃の舞うわびしげな通りだったというだけのことである。
青いガーネットは今度は犯人のライダーの姉、ブリクストン街117番に住むオークショット夫人のガチョウの腹に治まって、ケニントン・パーク街からエレファントを経てロンドン街からウォータールー街と進み、コベント・ガーデンに運ばれるのだが、私たちはここから地下鉄に乗ってしまうことにした。歩きたい気持ちがすっかり萎えていた。
オーバール駅に戻りウォータールー駅まで行ってしまおう。ノーザンライン線でエレファント&キャッスル駅でベイカルー線に乗り換えてウォータールー駅へ出た。これで二つ目の駅制覇。

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〈写真 ウォータールー駅構内〉

ウォータールー駅も何度もホームズの出発駅になっている。1845年に作られたこの駅も1912年に改装されて、ホームズの当時の面影はなくなってしまっている。
大体この駅の周辺自体開発が進んで全く面代わりしているに違いないのだ。
隣は近代的なアイマックスビルが建っているし、その先は新しいナショナルシアターだ。
しかしウォータールーはざっと六つの事件で物語に登場している駅だし、コナン・ドイル自身この駅はよく使ったのだ。
なぜならここはサウス・ウエスタン鉄道の始発駅で、サザンプトンやポーツマスといった彼になじみの土地、始めての開業の地への玄関口だったのだ。
今はユーロスターの発着駅として賑わっている、大きな駅だ。
ここからホームズは「まだらの紐」のサリー州のストーク・モートンへ、「海外条約事件」のウォーキングへ、「背の曲がった男」ではオルダーショットへ、そして「美しき自転車乗り」ではファーリントンへと出かけている。「バスカヴィル家の犬」では何度も出てくるといった具合だ。
「海軍条約事件」の時はホームズとワトソンはここの食堂で昼食をとっている。
「私たちも?」
うーんだけど今回は駄目、何しろ「うふふ」のクラリッジズが待っている。
だから駅の正面を写真に撮って先に進まなくちゃ。なにしろ巨大駅で「正面」が難しい。駅からとにかく道に出てぐるっと周り大きくウォータールー・ステーションと書いてあるのを見つけてこれでいいことにした。
目の前にはアイマックスのまあるい彩溢れる現代的な建物。その脇を橋に向かう。ウォータールー橋の上からまるで安藤忠雄さんのビルを思わせるコンクリートの打ちっぱなしの箱の様なナショナル・シアターを見下ろしながら、やっとテムズ川の北側に戻ってきた。
さぁ、ここからは予定の道が入り組んでいるのだから、注意深く歩かなくっちゃ。
正典で「ホームズは大英博物館近くのパブ・アルファからホルボン区をよぎって、エンデル街を通り、くねくねした汚ならしい裏町を抜けてコベント・ガーデンの市場へ出た。」とある場所を、私たちは反対側から歩くのだ。さて時間までにどこまでいけるかな?
まずはそのコベント・ガーデンまで行かなくちゃならないのだし、その間には見たいものが幾つもあるのだから。
橋の袂にはサマーセットハウス。この中のコートールド・ギャラリーは私の好きなところだし、ギルバート・コレクションにも興味があるのだけれどこっちはまだ足を踏み入れていない。寄り道する時間は無いだろうなぁ…と思いつつ、そこを横目にまずはライシーアム劇場。
橋から真っ直ぐに上っていくウェリントン街とエクセター街の角にある劇場だ。「4つの署名」でショルトーとモースタン嬢の待ち合わせがここの入り口の左から三番目の柱でだったのだ。
この劇場は1794年に建てられた時のままでも、その百年後のホームズの時代のままでも無いかもしれないが、ちゃんと今でも入口に柱が六本、ギリシャ神殿のように立っているところが凄く嬉しい。
三本目の柱で写真を取り合って、今「ライオンキング」が掛かっているこの劇場をじっくり眺める。

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〈写真 ライシーアム劇場〉

絶対手塚治虫さんの「ジャングル大帝」のパクリだと思っている「ライオン・キング」が掛かっているので妙に親近感?を感じてしまう。
「バリツ」と「武術」のようなものさ?
ライシーアム劇場をそのまま真っ直ぐ歩いていくと道の左側にロンドン交通博物館、ロンドン劇場博物館と続いていて、そこを左に入るとコベント・ガーデンなのだが、このあたりでどうやら時間切れになりそう。
とてもコベント・ガーデンからくねくね大英博物館まで歩く時間はなさそうなので、とりあえずボウ警察署まで歩くことにした。
このボウ街の左手にロイヤル・オペラ・ハウスがある。ホームズは「赤い輪」事件の解決の後にコベント・ガーデン・シアターへワーグナーを聞きに行ったと書いてあったが、そのコベント・ガーデン・シアターが私の地図には載っていない。ひょっとしてその隣のロンドン劇場博物館になっている建物がそうだったのか、それともワグナーなのだからロイヤル・オペラ・ハウスでもいいわけだが・・・?ロイヤル・オペラ・ハウスも18世紀初頭に建てられているから、当然ホームズの時代にはここでオペラが上演されていたはずだと思う。
ワーグナーねぇ。あの細い神経質な指をうねらせながら、ホームズは一体何をうっとりと聞いたのだろう?
「赤い輪」は1902年の9、10月頃の事件と推定されるから厳密には調べる方法はあるかもしれない。その頃ロンドンで上演されたワグナーの記録が残っているかもしれない。だが私にとっては永遠の謎だ!
さて、ボウ街は私たちにとってはホームズが「唇の捩れた男」でヒュー・ブーンのメイクをはがした劇的な場所、ボウ街警察署に尽きる。18世紀に設立されて以来ホームズとなじみの場所だ。今は首都警察歴史博物館になっているが、建物の外観はその当時のままのように見える。

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〈写真 ボウ街警察署〉

私がこの建物を写真に撮っていたら、一人旅の学生さんらしい女性に「この建物の前に立っている私の写真を撮ってください。」と頼まれた。こんな建物をわざわざ写真に撮るのはシャーロック・ホームズファンに違いないと思って、微笑みあった。
多分向こうもそう思ったことだろう。彼女も建物の周りを回りながら数枚の写真を撮ってから立ち去った。
さぁ、それこそもうぐずぐずしていられない。ボウ街からロング・エーカーへ折れ、直ぐその角のコベント・ガーデン駅から地下鉄ピカデリー線に乗りグリーン・パーク下車。
ここからバークリー街、バークリー・スクエア、デーヴィス街と辿ってクラリッジズへ。時間通りにピタッと到着!まるでロンドンが自分の手の平みたいじゃないの!!
本当はバークリー・スクエアも、もっと思い入れたっぷりに立ち止まってみたかったのだけれど、その時間が無かったのだ。
「高名の依頼人」のド・メルヴィル将軍の娘、頑固なヴァイオレットがここの104番に住んでいたはずだし、「ブルース・パディントン設計書」のシンクレア総督の屋敷があったのも確かここだったのだから。それにしてもあのヴァイオレットの本当に腹の立つほどお馬鹿なこと!私の娘だったら…!なんて思ったのも束の間。
私の旅のミーハーな部分のハイライトがこのアフタヌーンティだ。
ブラウンズが駄目だったのはがっかりだが、正典の中に実名で二度、推定で一度の登場を誇るクラリッジズだもの、文句のあろうはずが無い。
「やったね!」気分。
入り口で四時に予約があると言うと名前を確かめて直ぐ黒服の背の高い女性に優雅に席に案内された。やはり背の高い男性が椅子を引いてくれたのでその席に着くと、彼女は横のソファにさっとすべり込んだ。
いいなぁ。私もその席の方が座り心地が良さそうだとちょっと残念に思った。いい席を占めて彼女がにんまり「やったぜ!」笑いをしたのがちょっと憎らしいわね。
クラリッジズのアフタヌーンティはよく見る三段のトレーではなく、サンドイッチ、スコーン、ケーキと順番に運ばれて来るスタイルだった。順調においしくお腹の中に収まって、吾らはクリームを嘗める猫さながら?ほおが笑み崩れたまま。どうしてこう満足な時って、我ながらだらしない顔になるんだろうね?
もうこれ以上崩れられないよって顔よ。
だけどケーキになって問題発生。
お腹は満腹、ケーキは二人に4種類。それぞれに好きなものを取り分けて、でもそれぞれに相手のも食べてみたい!サンドイッチも、スコーンもお替わりを聞いてくれたし、紅茶もお替わりを持ってきてくれるし、おいしいスコーンの誘惑にも負けず、ケーキに備えてお替わりはせずにおこうとここまで来たのに、気分は「ケーキはお替わりするぞ!」と意気込んでいたのに、あーぁ、入らなくなっちゃった。もうどうしたって駄目。
「惜しいね、私のマンゴー・プリンは凄くおいしかったよ。」と彼女は流し目で炊き付ける。「じゃァあなたは何かお替りする?」と聞けば「私は一つだけお替わりくださいなんてしゃべれません!もう入らないし。」と上品ぶって澄まし返る。
「私のショコラのケーキも良かったよー。」と、誘い水。
「そんな濃厚なの入るわけ無いでしょ!あんたじゃないんだから。破裂しそうなのに。でもマンゴープリン半分なら入るかなぁ?」
ここにいたって、渋々「それじゃぁ諦めましょ。」と、我ながら未練がましいことといったら!女ってこれだからねぇ。
でも旦那と来たら絶対アフタヌーンティなんて付き合ってくれないから、これが女同士の旅の幸せでもあるわねぇ…と、それなりに満足のため息も漏れようというもの。
ピアノとフルートの生演奏はあるし、直ぐ背中の巨大な花のオブジェの中にいっぱいあるカサブランカの香りのカーテンの中、ゴロゴロニャンと時間のたつのをすっかり忘れ果てていた。
「大変、今日の予定まだ終わっていないんだ!」と我に返ったのはもうどのくらいたってからだったのだろう?
地下鉄でコベント・ガーデンへ戻ってやり直す手も有るけれど、ここはホームズのホームグラウンド。どこだって歩きたいのだから、「お腹も減らさなくっちゃならないしね。」と歩くことにした。
ブルック街からハノーバー・スクェアへ出てイギリスやで彼女はもう一度ウインブルドン・グッズ・チェック。「欲しいものなし!」で、カーナビー・ストリートを横目にグレート・マルボロ街を通りノエル街、ウォルドーフ街、昨夜も通ったジェラルド街、ニューポート街、ベァ街、そして古本屋街として有名なセシル・コートへ出た。
正典には出てこないが本屋に身をやつしたことのあるホームズが一度もここを徘徊しなかったなんて思えないもの。
日は高いけれど、時間的にはもう夕暮れ。店は残念ながら営業終了。短い通りながら本当に本屋さんばかりだと、ウインドゥの中の本をチェックして歩いた。
「空家事件」でワトソンを気絶させるほど驚かせた、「背の曲がった古本を抱えた醜いとがったしなびた奇妙な白髪の老人」がこの道を歩いているところを想像した。
セバスチャン・モラン大佐らモリアティ教授の生き残りの部下たちの目を欺むく変装をして、事件解決に向けてロンドンの街中を抜けていくホームズの姿をだ。
こんな場所に居ると想像するのが本当に楽!
嬉しくなっちゃうほど楽々と彼らの姿が目の前に浮かび上がってくる。
勿論彼が本屋を出していると言ったケンジントン・チャーチ・ストリートも歩くつもりだけれど、ここを歩いている姿を楽しんだって別に構わないでしょう?
ニュー・ロウ、キング街を抜けコベント・ガーデンに到着。
ここからアフタヌーンティ前の続きに戻る。
「マイフェァレディ」のイライザの花売りシーンを思い浮かべて、当時のコベント・ガーデンの様子を頭の中で再現しつつ、アップルマーケットあたりをぐるりと周り、さてここからはまた私たちは、ガチョウの腹の中の青いガーネットになりきってこの市場からガチョウの仲買のブレッキンリッジ氏によってか、その小僧によってかパブ・アルファまで届けられるのだ。
予想通りに歩けばこうなる。
ジェームズ街、二―ル街、ショーツ・ガーデンズ、エンデル街、グレイブ街、コブチック街、リトル・ラッセル街と進んでパブ・アルファに着くのだ。
だが前にも書いたが、正典にはこの道を事件の解決に向かって、ホームズとワトソンは「大英博物館近くのパブ・アルファからホルボン区をよぎって、エンデル街を通り、くねくねした汚ならしい裏町を抜けてコベント・ガーデンの市場へ出た。」としか書いてないので、このくねくねとした汚らしい裏町を細かく想像すると先に書いたような道筋になるということなのだ。
コベント・ガーデンからジェームズ街を上る前にちょっと寄り道してもらい、シアター・ロイヤル・ドルリー・レーンのほんの角を拝む。なんてったってエラリー・クイーンにはまった少女時代を持つ私だもの、直ぐそこにあるのにドルリー・レーン様の名のもとになった劇場を素通りするのは余りにももったいないじゃありませんか!
「エニシング・ゴーズ」と言う劇が掛かっているようだった。
ここで「シカゴ」だったら言うことなかったんだけどなぁ!
「さぁ、ありがと!コースに戻りましょ。」
フローラル街を横切り、ロング・エーカーを横切って二―ル街に入る。どこが汚いんだか?「今はとてもおしゃれな道筋ですよ。」と、ホームズさんに話しかけながら歩いていくと、以前来た時、ニュー・ロンドン・シアターの「キャッツ」を見る前にプレ・シアター・デナーを食べたニール・ストリート・レストランの前に出た。こんな青い入り口だったかと、ほぼ五年前になる記憶の不確かさにあきれた。
でも中はとても綺麗なガラス張りの輝くような店で、おいしいイタリア料理とコーヒーだったという記憶だけははっきり記憶に刻まれている。意地汚い私という点ではこの年月余り進歩はなかったよう?
ショート・ガーデンを右手に曲がって、エンデル街に入ると、ニール街の賑やかさが嘘のように静かになった。それでももうこのあたりからは汚い裏町の風情は一掃されてしまったらしい。
セント・ジル・ハイ・ストリートを少し掠めてグレープ街に入りシャフツベリー街に出た。さすがにこのあたりは人気も無く寂しい感じがある。でもそれも僅かですぐニュー・オックスフォード街に出てしまったから、又賑やかな商店街だ。コプチック街が見の前に伸びているけれど、かすかな夕方の光になって、気が付けばもう8時を回っていた。
「なかなかしゃきしゃきって、予定通りに行かないもんだね。」
「ずいぶん寄り道しちゃったからね。でもその寄り道のみんな楽しかったこと!」
「ほんと!満足感はあるね。」
結局このまま、ニュー・オックスフォード街を帰ることにした。この先は又明日のベーカー街コースにくっ付ければいいのだから。明日のお楽しみ!
この真っ直ぐなニュー・オックスフオード街からオックスフオード街への道の長かったこと。ウインドウショッピングをしながら飽きることは無かったのだけれど、トテナム・コート・ロード駅から先がとにかく長かったなぁと言う印象だ。
さすがに疲れてきていたのかもしれない。
今日はとても暑かったしね。
途中で大きな本屋さんがあったので、ふと気が付いて息子にロンドンの建築の本を土産に買った。
新しい建築物の写真がいっぱい載っていて、私の全く知らないロンドンがそこには生きていたから。いつかはロンドンに来るだろう子には丁度いい刺激になるかもしれない。
咽喉が渇いたのでボンド駅でたっぷりの水を手に入れてやっとホテルにご帰還!
目いっぱいの一日だった。あんなに歩いたにも関わらずとうとうお腹はいっぱいのままだった。

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