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シャーロキアンを目指す旅⑥

5日目 ホームズの縄張り!幻の?空家

6月29日(火)
後から思うと、この日ほど再現するのが難しい日は無いと思う。何故ならホームズのホームグラウンドを思いっきりひたすら歩き回ったからだ。通りから通りへ、街路から街路へ、広場から広場へ、小道から小道へ。
ホームズがベーカー街に住んでいたら歩き回っていたに違いない道をとにかくただただ歩いたのだ。
通りの名前は極力記憶し、写真に撮りはしたものの、実際は夢中になる余りそれさえ忘れたところが終わってみると多かったようなのだ。
あの通りも、この道もと、歩いているうちに横道に逸れ、又戻りして、順番もいい加減になってしまった。
それでも撮った写真に触発されて記憶の底を探り回って何とか思い出すことが出来たものもあるのだが、またその反対に写真に撮ることで安心してしまったのか実際の記憶が完全に抜け落ちてしまったものもあるという具合で、全く我ながら頼りないことおびただしい。
だが出来るだけ再現してみよう。
名付けるとすれば「ベーカー街・ホームズ生活圏+昨日の続きコース」といった所か。
ホテルはウェルベック街に面しているのだが、勿論「最後の事件」に出てくるあのウェルベック街にあるから一も二も無くこのホテルを選べると分かった時に宿をここに決めたのだ。そりゃぁ、シャーロック・ホームズ・ホテルの方がベーカー街と「最後の事件」でおなじみのチルターン街とに入り口があってより魅力的には違いないのだけれど、外国の旅には実力に応じて色々制約があるものでね…と、自分自身に言い聞かせてね。
つまりANAの選択肢にシャーロック・ホームズ・ホテルは入っていなかったというだけの事。とにかくそのウェルベック街から南に一筋下るとウィグモァ街で、この道をベーカー街まで歩く。
「4つの署名」でホームズはワトソンに「ウィグモァ街の郵便局に行ってきたね。」と言い当ててワトソンを驚かしているし、「青いガーネット」ではアルファ・インへ行くのにこの道を歩いていったことにもなっている。
実際ベーカー街とウィグモァ街の角に小さな郵便局を見つけたが、ごくさっぱりと小さな窓口だけがある殺風景なもので、当時の郵便局の様子を伺える物は一切無い。
こう断言できるのが実に悲しいほど、何も無い。しっかり舗装された道はその下にホームズの言う赤土を隠しているのだと思うことにしても、郵便局そのものに恐ろしいほど情感が無いのだ。当たり前だよね、機能を考えたら昔のままでは不便でしょうがないのだから。それでもロンドンは東京なんかでは考えられないくらい一世紀前の姿をよく残している。だから今回のような旅が成り立つわけだが。ホームズは郵便局をとてもよく利用している。あらゆる事件にどこかの街角の郵便局が登場するといってもいいほどだ。
「スリー・クオーター失踪事件」でうまく電信を聞き出したときの情景を私は思い浮かべる。格子のある窓口、パーマを当てたうねった髪形の窓口嬢。カウンターに乗り出して何気ない様子で話しかけるホームズ。窓口嬢の口を開かせたのは後ろに立つワトソンの実直そうな物腰の力も与ったかもしれない。薄暗いロンドンの光の中に浮かび上がるセピア色のそんな光景。だがやはり昔を今になすよしもがなだね!
そして又思う。ウィグモァ街の赤い土をつけたままのワトソンの靴から昔のロンドンの街路を。ロンドンの土の色が通り一つで変わることは無いのだから、ロンドンの街は石畳を敷いたり、舗装されたりする前は赤土の町だったわけだ。赤毛のアンのプリンス・エドワード島みたいに。本当かなぁ?
バークリー・スクェアも、ハノーバー・スクェアも見事な黒土を見せていたけれど、あれは公園の緑の為に入れた肥沃な土なのであって、ロンドン自体はもともと赤土のプリンス・エドワード島みたいに余り良い土に恵まれない土地だったのだろうか?
それとも推理力を現すためだけの創造かしら。
いずれにしても、その日にその道が工事されている事を知っていたホームズは、本当によく街を歩き回って、しかも注意深くその細かい変化をも把握していたことになる。
「普通散歩の時に工事現場に行きあっても、帰ってくればあれはどの通りでどんな土を見せていたかなんて覚えていない。やはり半端じゃない恐るべき注意力・観察力だ!」   ウィグモァ街の上で素直に感心しながら、正典にある名の道に居るというだけで嬉しげな吐息をつく私は、シャーロッキアンというよりただのホームズファンなのだろうな!
とにかくホームズファンの聖地・ベーカー街に足を踏み入れたのだから、もう何物をも見逃してはいけないのだ!
ベーカー街221Bは今は実際にある地番だけれど、当時のベーカー街には無かったのだから、当時のつもりになって見るなら、地下鉄の駅までのベーカー街が大事だ。
多くのシャーロッキアンがそれぞれに想定しているホームズの住んでいたハドソン夫人の家は、果たしてドイルの頭の中ではどの建物だったのだろう?
19から25番地の間?27番地?それとも31,109,119番地?
シャーロッキアンが色々に推定しているようだが、ベーカー街に面した建物は今は殆ど新しくなっているようで、余り楽しい道ではなくなっている。
だから、当時の雰囲気を色濃く残しているというベーカー街と平行して走るグロスター・プレイスとか、ホームズ協会によって保存されたヴィクトリア時代の消防署のある石畳のチルターン街とか、「空家事件」のカムデン・ハウスのモデルとも言われるベーカー街34番地の裏手にあたるケンダル・プレイスとかも歩いて回りたいと思っていた。
ケンダル・プレイスにはホームズの祖母の兄に当たるフランス人画家、ヴェルネの絵のあるウォリス・コレクションもある。
それにしても実在の人物をホームズのルーツに持ってきたのはどういうわけだったのだろう。芸術家の血筋があるという事を強調したいだけだったら他にも画家は居たろうに、何故ヴェルネなのだろう?
ただドイルが彼の絵を好きだったということなのだろうか?ドイルに聞いてみたいな。
ホームズファンにとってはなんといっても「空家事件」は記念すべき物語なので、この話に登場する地名は一つもないがしろには出来ないし、他の物語や作家のドイルやワトソンの生活範囲の事も考えれば、結局は南北はオックスフォード街の北から(アッパー・ベーカー街は別として)マリルボーン街まで、東西はグロスター街からトテナム・コート・ロードまでの範囲を網の目のように歩きたいのだ。
実際かなりの通りを歩き回りはしたのだけれど、やっぱり記憶の中の道が今は名前と印象がゴッチャになってしまっている。
その時は嬉しくて一つづつ通りの名前を見つける度に「有った!アッタ!」と大喜びしていたのだけれど。
ベーカー街108番地に裏口があり、チルターン街に正面のあるシャーロック・ホームズホテルを見つけた時は、余りのことにぽかんと口を開けてしまったので、印象に残っている。
勿論このホテルは当時には無かったのだから記憶の中からこぼれてしまってくれても良かったのに…なかなかうまくいかないものだ。この道を通ったらまぁ見てください。
水色と白に塗られた建物にカラフルな多色の縦じまの日除けの付いた建物を!
このホテルには「ワトソンの書斎」という名のバーがあり、ロビーにはホームズとワトソンのレリーフがあるそうなのだけれど、はて、この佇まいを見てもホームズファンだったらやっぱり泊ってみたいのだろうか?
何かに世界中のシャーロッキアンやホームズのファンでこのホテルはいつも混んでいると書いてあったが…
名前だけだったら、このホテルの近くにベーカー街に平行してシャーロック・ミューズという道もあるし、ウォータールー駅の近くにホームズ・テラスと言うところもあるそうだ。ホームズ・テラスの方はともかくシャーロック・ミューズはホームズが世に出てから付けられたに違いない!だって、ベーカー街の直ぐ近くなのだもの。ということで、変哲も無い小路というより空き地に近かったけれど、私たちはそこも覗いてしまったのだ。
シャーロック・ホームズ・ホテルのあるチルターン街を北に行くとマリルボン街に出る。
右を向けばマダム・タッソー蝋人形館とプラネタリウムのドームが見える。
左にはベーカー街の地下鉄駅。
この駅はそれ一つで十分観光地。
駅に入る前に駅前のホームズの銅像に挨拶して、ツーショット!ウフフ。デジカメの中で二人の顔が笑っているのを確かめてしまう。ホームズの像は世界に4つあると聞いているが、ロンドンにあるものに最初に会えてよかった。他にはコナン・ドイルの生まれたエジンバラとスイスのマイリンゲンと日本の軽井沢にもあるらしい。何で軽井沢なんだ?
チケットを買ってホームに入る。
ホームに降りていく階段の壁からもう見逃してはいけないものがある。忘れないようにノートには箇条書きにしてある。
1 ベイカールー線 ホームズの横顔(シルエット)の化粧タイル
2 ジュバリー線 物語のイラストが七枚
① ヴァスカビル家の犬
② まだらの紐
③ 赤毛連盟
④ 4つの署名
⑤ 美しき自転車乗り
⑥ 犯人は2人
⑦ 獅子のたてがみ
3 各線を結ぶ通路 手の平大のホームズのシルエットタイル
こんなに有るのだからこの駅が楽しみなのはホームズファンならずとも分かるでしょう?
赤・黒・白・茶のホームズのパイプをくわえた横顔が大行列していたり、パイプをくわえたホームズの横顔をプリントした小さなタイルが集まって同じ顔の大きなものを作っていたりするのだ。
ホームズの顔がいっぱいある階段を下りてホームに立つとホームの端から端までにベンチの上に物語の一部を現す場面が展開されている。
また別のホームではベンチの真上に大きなホームズの顔が載っていたりする。
全部写真に撮ってしまったけれど
「ひょっとするとホームで写真を撮ってはいけないと何かに書いてあったような気もするんだ。」
と、撮り終わってから彼女が打ち明けた。
「電車の入ってくる時は避けたし、電車が出てから一つづづ撮ったし、人も殆ど居なかったし、いいんじゃない?それより私だったら違う物語を選んでいたかもねぇ…」
「絵に変なところもあるよね?私だってこの物語選んだにしたって違う場面を選んでいたね。」
「どうも登場人物の顔が気に入らない!」
などとけなすくせに、嬉しさは変わらないのはここがホームズを尊敬している?という感じがするからだろうか?
「ホームズはベーカー街の誇りです。」と思っているということがストレートに伝わっちゃうからかもしれない。
いやいややっぱり「ホームズの舞台に今居る」というこの気分のためだろう。
「ホームズを売り物にしているだけだよ!」ン?「でもなんか嬉しい!」
駅から自分たちを引き剥がして、今度はシャーロック・ホームズ博物館。
その前に今はアビー・ハウスとかいう名の建物がある221Bの、住所を現す壁に張られたプレートの前に立つ。
この番地があのハドソン夫人の家をあらわす場所だ。プレートにはシャーロック・ホームズの名前も刻まれている。
ドイルの時代よりはるかに肥大したロンドンがドイルの想像を超えてしまっている。
その当時より長くなったベーカー街をリージェント公園の方に向かって歩いていくと、公園のほんの手前にその博物館はあった。
入り口でピンクの頬をしたおまわりさんの帽子を被った大柄なお兄さんがホームズの鳥打帽とパイプを差し出した。
ホームズの小道具を使ってホームズ気分?で入り口で写真を撮れるよということらしい。「させていただこうじゃありませんか!」
そんなわけで、今私の待ち受け画面ではパイプをくわえかけ、帽子を被った私が妙に照れくさそうな顔をして博物館の前に立っている。
サービス精神というか商売っ気と言うか徹底していて、中でもあちこちでワトソンになったり物語の一部になったりして写真は撮り放題。小物がきちんと収まっていて、確かに物語の世界に一歩足を踏み入れた感じがある。アイリーン・アドラーの写真の美しいこと、「VR」の銃痕が額に填まっているのはご愛嬌。あの物がごっちゃごっちゃに沢山詰め込まれた部屋の中でジェファソン・ホープを取り押さえるために格闘なんかしたらどうなることか!想像に余りある。

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〈写真 シャーロック・ホームズ博物館〉

でも結構ホームズはあの部屋で格闘したりしているのだから、どれほどの被害があったことか!ここで改めてハリソン夫人の忍耐力に敬服する?
一階のショップ、二階のホームズとワトソンの居間、ベッドルーム、狭い階段、三階の物語の一部再現。ジオラマと言うのかな。「恐喝王ミルバートン」のミルバートンが殺害される場面と「赤毛連盟」の地下道を覗き込む場面だ。覗き込むホームズとワトソンの顔が若い!
「でも頭にあったイメージより狭過ぎるし小さすぎるよ!」
ついでその向かいにあるシャーロック・ホームズ関連の書物を置いてある本屋を覗く。NHKから出ているグラナダTVのホームズシリーズの写真集があるが、あれよりもっとジェレミー・ブレッドの写真が多いような書物は無いかと探してみる。
「オードリー・ヘップバーンの「マイ・フェア・レディ」のフレッドがジェレミー・ブレッドだなんて思いもしなかったわ。」
「でしょ、だから私来る前にビデオ借りて見てみたんだよ。確かにジェレミーだった!あの顔を二十年分ぐらい、もっとかなぁ、若くして想像してみて!無理だと思うけどぉ。」
想像しようとして笑っちゃった。
お店の人に何を探しているのかと聞かれて、あればと思っていたのでつい「ジェレミー・ブレッドのホームズの写真集あるかしら?」と言ったら(つもりね)、いきなり電話をかけて「・・・・・・・・・」、振り向いて「一、二週間時間が有れば取り寄せられる。」と言う(多分ね)。本当に欲しいものかどうか分からなかったし、見て確かめられない物はどうかなと思ったので、頼まなかった。どっちにしても写真集だと中は見られないのかしら?
当時の面影を残しているというグロスター・プレイスを歩いてみる。
この通りには夏目漱石が英語を学びに通ったクレイグ先生の家もある。55A番地だ。
どうせだからと探しながら歩き、見つけてその家の前でも写真を撮った。
私は漱石のイギリス関連のものといっては「ロンドン塔」くらいしか思い浮かばないが、漱石のロンドン生活が引越しと供にあった事は知っている。今回来るに当たってホームズの足跡を丁寧に地図で辿ってみたら、かなりの道で彼らの足跡が重なっていたので驚いた。東京と比べてロンドンという都市の規模が小さいということもあるのだろうが。
家賃負担を減らすために漱石が宿替えをして行ったテムズ川の南側はホームズの時代にロンドンが広がっていった方向と重なるようだ。漱石が後半暮らしていたランベス地区には「緋色の研究」に出てくるドレッパーの殺された家、「青いガーネット」でガチョウを育てているライダーの姉の家、「海軍条約文書事件」の小使いタンギーの家、ニュー・スコットランド・ヤードのポプキンス警部の家、「覆面の下宿人」に出てくるメリロー夫人の下宿屋、「カーファックス姫失踪事件」でカーファックス姫が監禁された家、同じ物語に出てくる救貧施療院などが集中している。
時間があればそういう点でも興味のある地区ではあるのだけれど、それだけにそのあたりは変化も激しく、歴史的建造物もあまりなく、ヴィクトリア朝の雰囲気を期待できそうも無い気がする。
それになんといっても時間が足りない。
グロスター・プレイスは当時の雰囲気を残す建物が立ち並んでおり、建築物は煉瓦や石に歴史的な重みを見せていた。
しかし霧と煤のヴイクトリア朝の雰囲気のかけらも無く、この日は陽光の下美しい色合いを輝かせていた。美しい通りだった。
この道を下り、ベーカー街を横切って、カムデン・ハウスの裏口へ通じるチルターン街に入る。当時のままに保存されている消防署が石畳の道に今も見られる。
前を通った時、丁度消防車が道に出ていて、歴史のにじむ建物と新しい車が妙なコントラストを見せていた。

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〈写真 チルターン街の消防署〉

このチルターン街をさらに下っていくとウォリス美術館へ出る。
ホームズは「ギリシャ語通訳」で「祖母はヴェルネの妹だ。」と語っているのだが、ここにはそのフランス人画家ヴェルネの絵がある。
緑のマンチェスター・スクェアに向かって立つ貴族の館で、代々の公爵によって収集された絵画のコレクションが常設展示されている。
また、ホームズは「恐怖の谷」でモリァティ教授の部屋にフランス人画家グルーズの「子羊を連れた乙女」の絵があると言っているのだが、そのグルーズの「無垢」という絵がここに有るのだ。
ヴェルネの絵を見、グルーズの絵を見た頃には丁度お腹がすいて、白状すると絵の感銘が薄いのだ。グルーズの絵数点はみな甘ったるいふっくらとした美少女で、私の好みではなかったし、ヴェルネの絵も「船かなにかを題材にしたものだったかなぁ?」という至極あいまいな記憶だけなのだ。
むしろ中にあった明るいレストランのピンクの可愛らしい居心地のよさの方がしっかりと記憶に残っている。全く情けないったら!
席に案内されて、彼女が
「私、本当はスープとパンぐらいの方がいいんだけど・・・お、スープがあるね。」
と言った途端、振り向いた隣の席の女性が
「あの余計なお世話かもしれませんがそのスープあまりお薦めできません。」
一人旅のお嬢さんで、五日間ロンドンを楽しんだあとで今日の午後にはもう帰るのだと微笑んだ。
「いいですね、お友達と楽しそうで。」
「ええ、私たちはいつも弥次喜多なのよ。」
セント・ジョージ教会でいきなり話しかけてきた夫人といい、今回の旅の途中でお会いした「バラを追っかけて一人旅しているのよ。」と言っていた夫人といい、このお嬢さんといい、皆さん勇気があるなぁと感心した。
ほんの少しは海外旅行にも慣れた私たちだけれど、それでも一人旅には未だ踏ん切りがつかない。どうしてももし何かあったら…と思ってしまうのだ。
「でも、前菜はおいしかったし、デザートもいいようですよ。」と、そのお嬢さんは「あと少し買物して帰ります。ではお気をつけて。」とゆったりと去っていった。
「英語もっと勉強しておくんだったね。」と、旅をする度につくため息を私たちはまたハモッタ!
私はビールと前菜のローストビーフのサラダを、彼女はオレンジジュースとサーモンのサラダを注文したら、とても綺麗に盛られた美しい一皿が置かれて、半分ずつ分けて頂いた。おいしくて満足したのでデザートとコーヒーも取って、贅沢な気持ちの良いランチタイムになった。
だからグルーズもヴェルネも印象が薄くなっちゃったんだわ、本末転倒。
ここからマリルボン・ハイ・ストリート、パディントン街、ウェイマス街と歩いてデボンシャー・プレイスを目指す。

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〈写真 コナン・ドイル・ハウス〉

ここでドイルが一時眼科を開業していたのだ。ここにはコナン・ドイル・ハウスという白い美しいマンションがあって、そのⅡの入り口横にサー・アーサー・コナン・ドイルのブルー・プラーグがあった。 
「AUTHOR 1859―1930 WORKED AND WROTE HERE IN 1891」と書かれていた。
凄く綺麗な建物なので当時のままでは無いとは思いながらも妙に感動があった。
子どもの時から何度となく私を楽しませてくれたあの物語の幾つかがこの地で書かれたのだと思うと、妙にありがたい気持ちが沸き起こってきたのだ。
ホームズのこの60編の物語がこんなにも私たちを魅了するのは何故だろうと、またも思いながらこの通りを歩いた。
あの時代のロンドンがかもし出す雰囲気、ホームズとワトソンの友情、貴族や庶民のありよう、犯罪ともたらされる正義、ホームズの智恵と知識、何よりも胸のすく解決。
あの小品1つ1つに幾つもの汲めど尽きぬ泉があるかのようだ。
デボンシャー街を通り、当時から医者街として知られていたハーレー街に入ったところでナイチンゲールの病院跡と壁に刻まれた建物を見た。
「ハーレー街の医者」はクリスティの物語にも出てくるけれど、今もこのあたりは医者が多いのだろうか?
私たちはワトソンが開業していたクィーン・アン街を目指す。ハーレー街からこのあたりは綺麗な町並みが続いている。
「ワトソンの開業していた家ってこんな感じじゃないかしら?」と思われる家の前でノックをしている私を写真に収めた。
勿論本当にノックなんてしませんけどね。でもノックしてワトソンの診察室へ案内されるなら、どんなに恥を掻いたって構わないのに。
「空家の冒険」で馬車から降りたキャベンデッシュ・スクェアの近くまで行った時には、確かに「空家の冒険の中でキャベンデッシュ広場で馬車を降りてからホームズとワトソンが歩いた通りに、沢山の馬小屋が織り成す網の目のような往来を通って、マンチェスター街、ブランフォード街、狭い小路をすばやく曲がりカムデン・ハウスまでという道を探してみようね。」と言い合っていたのだ。
「だけど馬小屋を見つけろなんて言わないでね。」
ところがパタッとランガムホテルの前に出てしまったら、またしてもその予定をすっぽりと忘れてしまった。

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〈写真 ランガム・ホテル〉

クイーン・アン街から一つ前の道を曲がってしまったのだ。勿論ランガムホテルは大事な予定地だったから、つい夢中になってしまったということもあるのだけれど。
1865年に開業の後、一時BBCの建物になっていたのだが現在改装して再びホテルとして開業している。「ボヘミアの醜聞」のボヘミア王はフォン・クラム公爵という名でここに泊っていたし、「四つの署名」ではモースタン大尉が、「フランシス・カーファックス姫の失踪」ではフィリップ・グリーンが宿泊している。当時の豪華有名ホテルといった感じだ。このホテルの入り口から入って突き当たりにある喫茶室で「ハイ・ティの予定だけど?」
「だけど?って言ったって、お腹すいてないし、こんな格好だよ。」
いつもは強気の彼女がしり込みしたので驚いたら
「だって、私の中ではボヘミァ王が効いているんだもの。」
「確かに満腹だしね。食べたばかりだわ。」
「ウォリス美術館でデザートまで注文するからだよ。」
「いい雰囲気でゆっくりしたいってあなたも言ったじゃないの。」
「あれはあれで正解だけど、ハイ・ティは無理だってことさ。」
「確かに!」というわけで外観だけのチェックで我慢。
それにしても中を見なければ改装後のホテルのグレードなんて分からない。
ナポレオン三世も滞在したホテルだと言っても、宿泊料はリッツや今回アフタヌーン・ティをしたクラリッジズよりはお安いようなのだ。
ただ私たちにとってロンドンのホテルといえば、一にランガム、二にクラリッジズ、三にブラウンズとなってしまうのはドイルとクリスティの影響と言える。だから泊りたいのか?って言うと、泊らない。
そんな余裕があるのなら一泊でも多く安いホテルに泊ってロンドンの通りを歩きたい!
そんなこんなの挙句、ランガムの東側にあるオール・ソウルズ・チャーチの古めかしい可愛らしさにまで気をとられたりして、カムデン・ハウスの裏口への私たちの冒険は抜け落ちてしまったのだ。
「このあたりだね、モーティマー街。」
ワトソンが「最後の冒険」で自宅の裏側がモーティマー街だと言っている。
ワトソンの結婚の回数も住んだ家乃至開業した家の数は私には良く分からない。
一応物語の年代順とホームズとの同居別居の事実とを合わせて考えると、ワトソンの結婚は三回ということになっている。
当時は今より寿命も短かったし、疫病の流行ということもあったろうし、モーティマー嬢が短命だったことも十分考えられるけれど、私としてはワトソンさんには彼女とずうっといい家庭を築いていってもらいたかったなぁと思っているのだが。
そう思う一方で、それでは彼らの物語が成り立たないとも思っている。
角の取れた家庭人のホームズや家族の為に事件に付き合えないワトソンなんて想像したくもない。
どちらかと言うと独身男性二人組みと考えた方がぴたっと填まるような気がするのだ。
モーティマー街を歩いていくと、途中でグッジ街になる。
今回のメインテーマと言ってもいい「青いガーネット」のガチョウが、ヘンリー・ベイカーの手を離れてピータースンの手に移ったところ。物語の発端になった道だ。
ホームズ当時はみすぼらしかったらしい通りも今は下町的な匂いを感じさせるおしゃれな町へと変貌している。
トテナム・コート・ロードに突き当たるまでグッジ街を歩いて、ベッドフォード・スクェアに出て、ガワー街を北に上がっていく。
この通り名はホームズには出てこないのだが、先ほど漱石の英語の先生の家まで行ったので、この際ついでといってはなんだけれど、漱石のロンドンでの最初の下宿に寄ることにしたのだ。
この通りガワー街の76番地は難なく見付かったのだけれど、さすがにイギリスの作家たちの跡を示すようなプレートはついてはいなかった。
落ち着いたこげ茶の煉瓦の建物が続く一角の真っ青なドァに76の数字が記されていた。この中の一室で漱石は本に埋もれて生活していたのだろう。
「大英博物館に程近いこの下宿で漱石はどんな生活をしていたのだろうか?」という方にともすれば流れていきそうになる頭をホームズの方に立て直して、私たちはモンタギュー・プレイスの方に戻った。
大英博物館とロンドン大学との間の道だ。
ワトソンはロンドン大学の医学部で学んだのだし(もっともワトソンの頃はこの大学もウェストミンスターにあったらしいが)、モンタギュー・プレイス23にはコナン・ドイル自身も住んでいたことがあったし、「ブナ屋敷」のハンター嬢の住居もこの辺りだと思われるのだ。
しかし見落としたのかデボンシャー・スクェアにあったような青のプレートはこの通りには見当たらなかった。
短いこの通りから右折して、大英博物館に沿っている道がモンタギュー街で、この通りにロンドンに出てきたホームズは下宿していたのだ。
つまりホームズがホームズとして出発した記念すべき通りなのだ。
探偵としての初めての仕事「グロリア・スコット号事件」に関わったのも、「マスグレーブ家の儀式」の依頼を受けたのも多分この通りに下宿していた頃のことだったのだ。
モンタギュー街は人通りはそこそこあるけれど、寂しい感じのする落ち着いた整った通りだった。
大学もあることだからきっと今でも学生の下宿屋が多いのではないかと思われたが、そう思って歩いているせいか、すれ違うのは若い人ばかりのようだった。
「若いホームズ…」と思いを凝らすと、なんだかジェレミー・ブレッドのフランク(映画「マイ・フェア・レディ」の)が出てきそうなのがちょっと怖い。
グラナダTVのドラマが非常に良く出来ていてイメージもぴったりなので、いつの間にか私のホームズのイメージがジェレミーに取って代わられかけている。
ロンドンを歩きながら物語を思い出していると、物語の登場人物がテレビドラマの役者の顔で、あの衣装で、私の頭の中をうろついているのに気が付いて慌ててしまう。
確かにそれだけあのテレビドラマは背景といい、登場人物といい、時代の雰囲気、小物類にいたるまで丁寧に魅力的に出来ていると感嘆してしまうのだが、子どもの頃からのイメージが駆逐されてしまうのも残念な気がして、ちょっとまだ抵抗しているところもある。
一番最初に読んだホームズは少年少女世界文学全集に納められていたもので、その挿絵は細い痩せた黒い鋭い姿で、今思うとシドニー・パジェットの挿絵に似ていたような気がする。
あの本の挿絵は一体誰が書いていたのだろう?
大英博物館を一周したところで、リトル・ラッセル街とミュージアム街の角にある「パブ・アルファ」のモデルと言われているパブ・ブラウを見つけた。

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〈写真 パブ・アルファ?〉

もっともモデルといわれているのはもう一軒あって、そのパブ・ミュージアム・タバーンは大英博物館の正面斜め向かい、グレート・ラッセル街にある。
以前大英博物館に来た時にはまだそれと知らずに、そのミュージアム・タバーンで咽喉の渇いた私はギネスを飲んでいる。
だから今回はパブ・ブラウの方でギネスを飲むことにした。
さすがにここまでずいぶん歩いているし、一休みにハーフ・パイントのギネスぐらいいいでしょう。
私よりアルコールに弱い彼女がシードルを注文して、ポワッとした顔をしているのがおかしい。
五年前には工事中でテントの中だった正面玄関から大英博物館に入る。まるで別物のようなエントランスになっていた。
グレート・コートの光溢れる明るさ。
リーデング・ルームの魅力と圧倒的な数の蔵書の棚の凄さとその迫力。

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〈写真 大英博物館〉

誘惑するようなショップやカフェ。
「お腹はやっぱりひとつだねぇ。」
「ウン、それ痛感するよね。飲んだり食べたりしたいところがあるのに、またもお腹はすいていないし、咽喉も渇いていない。」
大体私たちは欲張って歩き過ぎになるきらいがあるので、
「どっちか片方がお腹がすいたり、咽喉が渇いたり、座りたくなった時には、有無をいわずに従うこと!」
という鉄則があるのだが、たいていは二人とも座るより、食べるより、飲むより、多く見たい!のだから、全くこの鉄則は効を奏さない。
と言うわけで、ここでも「うーむ!」と唸るだけで、階上のレストランまで見に行ったくせにまた歩き続ける。
大英博物館の図書館にはドイルの閲覧名簿があるそうだが、彼もここで物語の細部を書くためにいっぱい調べ物をしたのだろうなぁと感慨にふけりながらここを去った。
この時は私の頭の中でドイルとホームズが一体と化していた。
ホームズはモデルと言われるベル博士ではなく、ドイル自身の様な気がした。
二人ともスポーツマンの丈高いしなやかでがっしりとした体と理知的な額と意志の強いあごを持ち、その鋭い目を分厚い本の上にかがめているのだ。
ミュージアム街からブルームズベリー街を横切りニュー・オックスフォード街に出て右に歩いてゆくと直ぐにトテナム・コート・ロード駅がある。
ここから地下鉄ノーザンバーランド線でエンバンクメント駅へ。サークル線に乗り換えヴィクトリア駅下車。
ヴィクトリア駅を見物するのだ。
ここから列車の旅を始めるのではないことが実に残念!
1860年に出来たこの駅は、ホームズの物語にも何度も登場する。当時はロンドン・ブライトン&サウスコースト鉄道およびロンドン・チャタム&ドーヴァー鉄道が使用していた。
私の数えたところでは少なくとも五編の物語でホームズはここから郊外へと出かけている。
「白銀号事件」ではダートムア北部のキングス・パイランドへ、「ソア橋」ではウィンチェスターへ、「恐怖の谷」ではバールストンへ、「サセックスの吸血鬼」ではランベリーへ、「最後の事件」ではここから大陸へ。他にも「ギリシャ語通訳」のメラス氏がクラパム・ジャンクションからヴィクトリア駅に帰ってきたはずだ。
外観はそれぞれに魅力的なロンドンの駅も中に入ると紛らわしいほど似ている。
それはパリの駅も同様で、後で内部の写真だけを見ると見極めがつかない。
テルミナ、終着駅は皆同じ雰囲気を持っているようだ。
上野駅と似た匂い!昔の上野駅を思い起こさせるのだ。もっとも上野駅の方がお手本にしたのだということはわかっているが。
どの駅も似たような慌しい喧騒と興奮があって、ふっと気を抜くと、巻き込まれてどこかへ旅立ってしまいたいと言う気分に押し流されそうだ。
今度は地下鉄デストリクト線でウエストミンスター駅まで戻り、官庁街を探索する。政府高官からの幾つもの依頼を解決したし、兄マイクロフトも政府の仕事をしていたし、「最後の挨拶」などはイギリス首相から直々に依頼されているのだから。
と言うわけで、ウェストミンスターからホワイト・ホールを歩き、「海軍条約事件」の現場、外務省の一方の出口のあるキング・チャールズ街をそぞろ歩き、
「思っていたより広い通りだね。」
「なるほどここなら通りの端におまわりさんが立っていたわけだね。」
などとあの事件の詳細を思いながら、もう片方の通りダウニング街の入り口に立つと、そこはがっちり閉じられ警護されていて通り抜けられない。
ダウニング街には首相官邸があるからだ。もっとも今のブレア首相はここには住んでいないと聞いているが。
しかし今の外務省のそっけない建物を見ると、とてもキング・チャールズ街の出入り口からモップとバケツを抱えた小使いのタンギーのおかみさんが出てくるところなど想像出来ないし、外務大臣の甥があんなに情けない男だと言うこともありえないような気がしてしまう。
実際ホワイトホールの玄関から出入りしている女性なども見ていると、殆どが黒のスーツ姿でバリッとしていて、隙などありそうもなかったなぁ。
古き良き時代よ!ガス灯の灯かりが霧の中にぼうっと灯って、警官がぽつんとたたずんでいたキング・チャールズ街よ!
ホース・ガーズからセント・ジェームズ・パークに入り、今頃酔いが回ったような顔をしている彼女とベンチで一休み。
気持ちよい水辺と夕風、そして無口。
親友同士といえども女には無口の時間は普段余りない。
「赤毛のアン」に、心が通じ合っている同類の間では無言の時間がとても素晴らしいということが書いてあったと思うが、無言の散歩は男の親友の間にこそ似つかわしい。
だって、ホームズとワトソンも無言の気持ちよい散歩の時を沢山過ごしていたじゃないの。静かなリージェント・パークを彼らは静かに散歩していたなぁと、思いにふけった。
女が二人っきりでいるのに黙りこむのは疲れ果てた時か、不機嫌なのか、酔ってしまったかに決まっている?
とにかくロンドンへの旅を始めてから、初めての静かなひと時をこの美しい緑と鳥の声の中で過ごしたのだが、立ち直った彼女が言い放ったのは、なんと、
「それにしても今度の旅で思ったんだけど、あんたってばほんとに良くしゃべるよね。」
「ひぇ?」
「だってさ、立ち止まってじっくりこの道を味わおうって思っているのに、あんたってばズーっとさえずりまくっているんだもの。」
ですと!
「ヒェェ!そっくりそのままそれは私の感想ですわ。」と私も澄まして切り返す。
「ヘッ?私が?この写真の枚数見なさいよ。もう五百枚超えているんだよ。こんなに撮っている人はしゃべってる時間なんてありません!」
「撮る時私にポーズをいちいち指図しているのはどなたでしたっけ?」
ここで二人とも笑っちゃった!
「二人ともこんなに黙るのが珍しいくらいいつもおしゃべりなんだよね。」
「シードル半パイントの半分しか飲まなかったのに、私酔ったんだ。なんか凄くだるかったけど、もう醒めた。次行こう。」
「立つ前に方向決めなくちゃ。本日の予定は完了したからね。」
「そうだ、ホームズ博物館でもらった地図にスコットランド・ヤード載っていたね。近いからもう一度確認しようよ。」
「いいよ。」と言ったんだけれど、どうしてこの時ニュー・スコットランド・ヤードの方を思い出さなかったのだろう?
直ぐそこだったのに。
おしゃべりと言われたショックからだったのだろうか?
つい数日前には「あっちを忘れているよ、アァ、あそこを忘れないようにしなくっちゃ。」と、ニュー・スコットランド・ヤードの事を気にしていたのにね。
でもその時はひょっとすると私もギネスの酔いが・・・アーやだ!
それにしても彼女はスコットランド・ヤードに取り憑かれている。
あそこをクリアできない限り明日はない? と言うわけでまたホワイト・ホール・プレイスとグレート・スコットランド・ヤードの間へ出撃。三角地帯迷子再演!
プレートこそないけれど、その地図と照らし合わせて、
「まさしくここが元グレート・スコットランド・ヤードのあったところだ!」
とようやく満足がいって、おまけにチャリング・クロス駅の裏手にあった郵便局の裏口も見つけて、本日もそれなりに満足のいく盛りだくさんの一日だった。
ヤレヤレこれで明日が来る!
チャリング・クロス駅から地下鉄ベイカールー線でオックスフォード・サーカス駅で乗り換えてセントラル線でボンド駅まで戻り、またたっぷりの水を買い込んで本日も残念ながら終了。

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