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「赤毛のアン」紀行⑩

終章 夢は永遠!

帰りのこのバスの中では様々な記憶の断片がゴチャゴチに頭の中に浮かび消え、取り留めのない感傷に振り回されていました。
現実と物語の混同が渦のようになって、行く前に頭の中に取り込んだ地名と現実に今回私たちが立った地名と、 行けなくて悔やんだ地名が次々に沸き上がって来るのです。
アヴォンリー、キャベンディッシュ、ハンターリバー、ブライトリバー、ムスコカ、バラ、ノバスコシア、ボーリングブローク、リースクデイル、 ノーヴァル、ロウア・ベディック、ビデファド、シルバーブッシュ、ホープタウン、フレンチリバー、ホワイトサンド、クリフトン、 ケンジントン、サマーサイド、マークデイル、ゴールデンゲート、ハーモニー、ノース・ラスティコ、パーク・コーナー、ニュー・ロンドン、 レドモンド、ダルハウジー、ビーチウッド、スペンサービル、シャーロットタウン、カーモディ、ニュー・ブリッジ、プリンズリー、カーマイル、 うららか街にリバーサイド・ドライブ210…… と、とりとめもなく。
イラストマップ
飛行機の中ではすっかり眠ってしまったのに、興奮が今頃沸き上がって来て、頭が、心がわきたっている。
ついでにどうせならアンの好きな花の名前でも思い出してみようか?
行くなら絶対見たいと思ってチェックしたのだけれど、こればかりは季節が合わなければどうにもならない。
ルート20号沿いにマルペック・ガーデンという所があって、赤毛のアンの庭のコーナーが出来ていて、 モードの好きな花が集められていると案内書に書いてあったので、是非ここも行ってみたいと思っていたのだけれど行けなかった。
それに今見られる花の種類は本の中に出てくる沢山の花の名前からするとほんの僅かだ。一年通して滞在出来ても、 その年その年で花の有り様は違うものねぇ…その年その年って事もあるしねぇ・・・。 すみれの谷が見事にすみれの花に埋もれるとは限らないのだし。
彼女は行く前にPEIの花という本からコピーを取って持ってきたのでそれと照らし合わせて、きんぽうげとブリーディング・ ハートは沢山見られたのだけれど。
モードの好きな花はトウヒの森に咲くジューンベル(リンネ草)、庭のジューンリリー(白水仙)。
バーリーの庭はモードの最も好きな庭の描写だという。

「バーリー家の庭は木陰が多くみわたす限り花ばかり…回りは大きな柳の古木や丈高い樅にかこまれ、 その下には日陰を好む花が咲きほこっていた。きれいに貝殻でふちどった小道が濡れた赤リボンのように庭を縦横に走り、 小道を挟んで花壇には古風な花が咲き乱れていた。ばら色のブリーディング・ハーツ、真紅のすばらしく大輪のボタン、白く香しい水仙や、 棘のある優しいスコッチ・ローズ、ピンクや青や白のおだまき、よもぎやリボン草や、はっかの茂み、 きゃしゃな白い羽根の様な葉茎を見せているクローバーの花床、つんとすましかえったじゃこう草の上には、 燃えるような緋色の花が真っ赤な槍を振るっているといった具合で…」
おだまき けまんそう
たしか、貝殻の縁取りはジム船長も推奨していたなぁと思い出したけれど、どんな庭にも合うと言うものではないだろうから、 やっぱり古風な庭のものかもしれない。アガサ・クリスティーの短編に「あなたのお庭はどんな庭?」というのがあって、 あの本にも貝殻で縁取りした庭が出てくる。
イングランドやスコットランドではよく見られた庭の縁取り方法だったのかもしれない。

モードの日記には「長いスカートに絹のガウンをまとった貴婦人の様なケシの花、官能的なピンクの西洋バラ、 きらびやかな鎧を着た番兵の様なオニユリ、縞縞の服を着たアメリカナデシコ、子供の頃好きだったけまん草(ブリーディング・ハーツ)、 つんと香る羽の様なにがよもぎ、ナルキッソスと呼ばれているラッパ水仙、花嫁のブーケみたいに真っ白なブライズブーケ、 生意気な小娘といった雰囲気のたちあおい、紫の棘のあるアダム&イブ、ピンクと白のみずほおずき、スイート・バームにスイート・メイ、 乱れたライラック色のスカートをはいたオボンソウ(バンシング・ベスまたはバンシング・ベッド)純白のジューンリリー、真紅のシャクヤク、 ビロードの目のようなアイルランド桜草」と書かれている。

でも私にとって物語の中で印象的なのはすみれの谷を埋め尽くすすみれ、お化けの森のスター・フラワー、「ロイド老淑女」のさんざし、 歓喜の白路のリンゴの花、ボニーとなずけられたリンゴアオイ、スノー・クイーンと呼ばれた桜の木、 ギルバートが卒業式の日に送ったすずらんの花束、「マリゴールドの魔法のキンセンカ」、 そして忘れちゃ行けないのはマシューの墓に植えたスコッチローズ。
オールド・ローズ ピンクレディスリッパ
今度の旅ではマーガレットやルピナス、きんぽうげ、はまなす、卯の花に似た花をつけた木(誰も名前を知らなかった)羊歯、ばら、 お化けのようなケシ、水仙、ブリーディング・ハート、ゼラニューム、赤い小型のサルビア等は見れたけれど、楽しみにしていたスター・ フラワーにはとうとう会えずじまい。
スター・フラワーって、だいたい名前が素敵だからどんな花か見てみたいと願っていたので、色々当たって見たら「スター・ フラワーというのは白い花4つの花びら又は5枚?の白い花の総称かもしれない。」といったような文を見つけた。
スター・フラワー  きんぽうげ
仕方ない、「お化けの森に今頃いっぱい咲いている白い花がスター・フラワーなんだ。」と思って、お化けの森を3度も歩いたのに、 白い花は北海道で見た二輪草に似た小さな花がほんの少し見られただけで、これはとても頭にかざせない…。結局スター・ フラワーは今もどんな花かわからないまま。「にらの花のことよ。」なんていう人もいて。「えー!?」
でも小川のほとりのきんぽうげの頼りない可愛らしさはもう忘れっこない!

とっぷりとくれてここ数日旅の間にはまるで見なかったネオンサインのまばゆい新宿駅から地下鉄で我が家に帰って誰もいない部屋に入るとまるで一週間余りの留守がうその様な 【いつも】がそこにあって、夢から覚めたよう。テーブルの上に一枚のメモがおかれていて「楽しい旅だったかい?お帰り」と息子の字。 旅が本当に終ったと言う実感が急に来て…そのままいつもの私らしく片付けを始めてしまった。ぼんやりしていた数日後息子は 「旅の記録をまとめないの?」。「そうね?」
写真が出来て、彼女から「二人で撮った写真全部交換しようよ。」と連絡があって、「私撮りまくったから変な写真もあるし、 かなりの額になるよ。選んだら?」「イッパイあるから全部欲しいのよ、私あまり撮らなかったからね。」でも、 二人の写真全部合わせても思ったほどの満足感が出てこない。思いの丈に届かない。
「そうね。息子の言うとおり!」
お風呂に入ると目を閉じてのんびり旅を思い返す。行く前に思っていたこと、行って感じた事、帰ってきて又募る思い… 今とどめておかないと前のアメリカ旅行、イギリス旅行のようにいつしか薄れていって、「行った事があるわ。」という記憶にしかならなくなる。
「とにかく、アンの暗唱する詩の間にポッチリ自分の心を挟み込むみたいにとりあえず書き上げて見るだよ。」と、 私は風呂の中でジュディおばちゃんをば気取ってみる。赤い岸に寄せる波を見ながら私は11歳のアンが暗唱出来たものさえ暗唱出来ないでいる。
ライン河畔ビンゲン
(2006年のドイツの旅で・ライン河畔のビンゲンの町)
この岸で「ライン河畔のビンゲン」でも「ホーエンリンデンの戦い」でも高らかに暗唱出来たらこの旅も最高だっただろうに! エレインの船頭さながら私の口は唖である。でも雰囲気だけはつかんでいる。せめて心の中に引っ張り出してひたってみよう。
赤い土の海岸を洗う澄んだ波を思い出しながら、私はこの年になっても好きなものにさえ惑溺も出来ず、一筋にもなれなかった来し方を思う。 私の好奇心は寄せたと思えば引いて二度目の寄せはなかったのだ…と。ひたすら前進する事も、ひたすらいとおしむ事も無く。 いわばアンがリンド夫人に言ったように、[「Medjume」(ぼちぼち)やっていくわ。]のように。
人は人生で一度は何かを突き詰めて生きるべきだと今思う。そうしないと、惚けた時ですら「思い出すものがない!」 と言う事態になってしまうよ?
モードの選んだ「書く」と言う道の厳しかった事。「険しい道」と名付けられた自伝、登り続けるエミリーの道の悲しさが今胸に迫っているから、 そう思える。
まぁ、赤い岸の浜辺でアンの終りの言葉、ブラウニングの詩、中学生の頃教科書で覚えたあの懐かしい美しい詩、「海潮音」 の上田敏訳のあの詩を心の中で暗唱できた事が慰めかな?
「朝の詩」 ブラウニング「ピッパの歌」から

時は春
日は朝
朝は7時
片岡に露満ちて
あげひばり名乗りいで
カタツムリ枝にはう
神空にしろ示す
世はなべて事もなし

感傷的になったこの地で、新たな波が押し寄せて来た時、私の心をかすめた思いを書いて心の中で旅を牛のように反芻しよう。
村岡花子さんの翻訳で初めてアンに会い、村岡さんのアンになじみ、 それ以外のアンはいないと思っていた私が他の人の翻訳で違うアンに会った時、それは山本史郎訳「完全版 赤毛のアン」だったのだけれど、 話し方が変っただけで人格をも変ってしまったアンに接した時の恐怖。読んでいる間中せめてもの抵抗で、 出来る限りせりふを村岡調に変換してはいたのだけれど、それとは別の恐怖は子供向けに意訳した村岡さんの「アン」 から取り落とされたフレーズの多さ。「あぁ、惜しい!これを子供の時に読んでいたら…」と思うところがかなりあって、 子供向けだからと省いたり意訳したりするのは作家に対しても子供に対しても失礼だったのではないかと…。
でも多分ページ数とか制約もあったのだろうし…と、 それでもまだ心の中で村岡さんの訳に軍配をあげたがっている私が居るのもちょっとした驚き。
しかしそれにしても題辞として書かれた

『「よき星がそなたの天宮につどいそなたは魂と炎と露の存在と化した」―ブラウニング-
この本を父と母の思い出に捧ぐ』

には不思議な興奮を覚え、胸に残るものとなった。「これははずして欲しくなかったわ、村岡さん。」
1874年11月30日PEIで生まれ、1942年4月24日67歳で亡くなったモードは、1908年に「赤毛のアン」を出版する事で、 それ以降に生まれた多くの読者に多くのものを与えた。 彼女の作品が私に与えてくれた素晴らしい時間や憩いや癒しや夢や憧れや希望のことを思う時、 私は険しい人生を選び取ったに違いないモードに心から感謝せずにはいられない。そう、彼女と彼女の「Anne」 を読むようにと与えてくれた私の父にも。
ともかく、村岡花子さんが10歳の私に染み込ませたものはもう今更変更する事は出来ない。今回この旅行に当たって一念発起して山本史郎訳の 「完全版」と付いた本を読んで、今まで足りなかった物をようやく補って「あぁ、もっと早くこの本を読んでいたら…。」と思う事も多かったし、 実際得たものもたっぷりあった。しかし彼の作品の、彼の言葉で読むと人物の性格も違ってしまう。
言葉は人格だから、話し言葉が違えば同じ内容を話しても語る人は違う人格になってしまうという事もある。
私には山本さんのマリラは村岡さんのマリラよりは饒舌だし湿っている。 山本さんのマシューは村岡さんのマシューよりは内気ではないように思える。村岡さんの「アン」にはロマンの香りがあって、 文章に翻訳臭も無くて、子供の心に融けやすい名訳だったと思っている。と言って、山本さんのがそうではないと言うわけではない。彼の作品で 「アン」に親しんだ子供たちにとってもアンは永遠の友達になった事だろう。 アンには翻訳の隅っこを突付いたくらいでは壊れない強力な魅力があるもの。マリラがアンの言葉使いで、「悪い子じゃないね、 親はちゃんとした人たちだろう。」と判断するところがあって、「そうだなぁ」と思われるアンの言葉が村岡さんの翻訳では素直にわかって、 私は村岡さんのアンの話し方が好きだった。お喋りがとても長くても嫌気を誘わない優しさがあったもの。 翻訳と言う事からは離れてしまうけれども、言葉の持つ力と言うか、言葉の持つ影響力と言う事では私も今までに幾つかの経験をしてきている。
私は東京の下町育ちであるのに、夫は三重県の生まれである事。そしてその夫が転勤族であった事から生まれた経験だが。 夫は四日市の生まれで自分の言葉は四日市弁だと言っている。しかし義母は三河の人で、 嫁いで50年余りになるのにまだ三河弁を使っていると言う。結婚して30年も付き合っているのにまだ私にはその違いがわからない。
「東京弁はきつくって、いつも怒っているようだね。」と地方の人に言われたことがある。私は内気で、弱気で、優柔不断型の人間? のつもりなのに「~です。」とか「~ます。」とかの語尾の所為か、気の強い命令口調の決断型の人間だと思われることもある。とんでもない!
もう一つは、初めての転勤でした経験なのだけれど、その土地の人(まぁこれは個人差もあるでしょうけれど) は総じてゆっくり話すような感じを受けたことがある。案の定、近所の人達はまず私の早口に「驚いた!」らしい。「やー、何て早くしゃべるの? 何言っているのか聞こうと思った時にはもう終っているもの。」だって!こっちの方がよほど驚いているのに。
「本当?そんなに早いかしら?これが普通なのに。」後になってご近所ではズーッと「あんなに立て板に水だもの、絶対学校の先生していたね!」 と言う事になっていた、という事を知った。「?」
それからも幾つも転勤を重ねて、私は私なりに努力を重ねて、「ゆっくり話す事!語尾をあいまいにする事!」に心がけて、 もう自分でも何弁だか?性格さえも何型だか?という状態になっている。悲しいのは東京の父が「お前の言葉は怪しくなっている。 気を付けなさい。ちゃんとした教育をしたはずなのに…」と私の語尾の曖昧さを指摘する事だ。
「この言葉こそが私の30年の来し方を物語っているのです。」と、私は心の中で返している。 そしてこの年月私は多少なりとも変化してきたけれど、村岡さんのアンは苦しい時、悲しい時に読み込まれてすっかり手ずれしてしまったけれど、 少しも変化しない。だから私は慰められ、やすらぎもする。
しかし例えば、言葉で「かたくなな…」と書いても作家に肩の線の厳しさを上手に描写されたら、言葉は負けるでしょう? 言葉より雄弁なものがこの世にはあるのよね。モードが私たちを虜にしたのは結局はその部分なんだという事でしょうか。
村岡さんの翻訳でも、山本さんの翻訳でも、(私は読んでいないけれど、松本侑子さんや掛川恭子さんにも翻訳があるらしい) 誰の翻訳でもいいからこれからも一人でも多くの人にアンの世界を知って欲しいと願っている。 誰の翻訳で読んでもきっとあなたの大事なアンが道連れになってくれると思うから。
アン

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