初めてのパリ!ルパンの街!!②
1日目 ル・グラン・カフェの日本人
パリ到着は10月に入ったというのに、夕方の4時過ぎでも明るく、暑いくらい。
「日没は7時くらいですかね。ホテル・ソフィテル・ベルシーは地下鉄14番線のクール・セント・エミリオン駅から3分以内です。」と、
お迎えのマキコさんはしっかりオーバーを抱えていたけれど?
おまけのミールクーポンで、夕食は8時にオペラ座の近くの「ル・グラン・カフェ」を予約。 7時過ぎにホテルを出て駅まで歩く。
ホテルから駅まではワイン倉庫を改造したおしゃれなレストラン・バー街、シネ・シテ・ベルシが、石畳のきれいな道の両脇に並び、
明るくおしゃれな表情を見せている。「これなら遅くまで明るく安全そうだね!」と、
ほとんどが地下鉄を使っての移動になる私たちとしては心強い。
地下鉄10分足らずでピラミッド駅。地下から地上に出るともうそこはオペラ通り。水色の夕方の空の下にオペラ・
ガルニエが道をふさぐように立ちはだかっていた。
かの「オペラ座の怪人」でルパンと同じ名の青年ラウールが恋人を探し彷徨したラビリンスだ。
オペラ座の方向に歩いてゆくにしたがって人がドンドン湧き出てくるようで、オペラ座前の交差点はもう人でいっぱい。
浮浪者がブランドショップの前に寝そべっているところなど妙に新宿を思わせる。
「カリオストロ公爵夫人」で、若きルパンがいっぱい食わされたところ。二人を乗せた馬車がサン・ラザール駅へと疾走したところ。
「ほら、カフェ・ド・ラ・ペ。あの道がリュ・ド・ラ・ペ。」
「せめて一ヶ月パリに居座って石畳の道を自分の足でたどりたいなぁ。そうしたらルパンのあのおなじみの哄笑がこの空にこだまするかも。」
「石畳の道ってまだあるのかな?」
「有ったじゃない、ベルシーに!」
旅の一日目にしてもうこれだもの。
帰るときには、「せめて一年!ルパンの活躍したノルマンジー、コー地方も!」と希望は膨らむことだろうって、あーぁ、目に見えてる!
「ル・グラン・カフェ」の二階、イタリア大通に面した真っ赤な部屋のカップル席に案内された私たち、遭遇しましたよ。
うわさに聞いてた意地悪お高いフランス人!コールマン髭の黒服の「ムシュウ」。
目がスーット私たちの上を素通りするの。でも黒人の堂々たる体躯のウェイターが反対に親切でしたけどね。
とにかくルパンの街に乾杯して、ゆっくり腰をすえることにする。ここまできて、気にしたって知れてる?
ミールクーポンで決まった食事はどうってこともなく、デセールのクリームブリュレが直径20センチはあろうかと言うココットが一人前。
アメリのようにスプーンでバンバンと叩いて、「ひゃっほー!」って言っていたら、隣のテーブルのアメリカ婦人がいかにも欲しそうに「それ、
なんて注文するの?」と、聞いてきた。出来るだけ鼻にかけて「クレーム・ド・ブリュレッ!」と、パリッらしく発音してあげたつもり?
(あっているかなぁ?)
パリの初めての夜に感激していたらもう10時は過ぎていて、明日は早朝の出発、あわてて切り上げることに。
明日の朝の出発点「リボリ街」のシティラマ・センターの場所を確認して、遅い時間だったけれど「大丈夫そうだね。」と、駅も、ホームも、
列車もきれいだった地下鉄で帰ってみることにした。
駅名のアナウンスが面白く・・・って、「当たり前ジャン!」と言われそうだけど、だってね、味も、
素っ気もなく駅名を2度ぶっきらぼうに言うだけなんだけど、字で見ていたのと全然違うんだもの。
「ガール・ド・リヨン」は「ガドリョ」、「ベルシー」はどう聞いても「ベシッ」だし、ホテルのある「クール・セント・エミリオン」駅は
「クサンテミリョ」と実に短くしか聞こえなかったもの。
「長ーい一日だったね。良く寝られるよ。」と言った彼女は、私が風呂から出てきたらもう(内緒だけど)しっかりいびきを掻いていました。
明日の15時間のバス旅行をひかえて、私も負けじときっといびきを掻いたことでしょう。