旅行記|散歩|KakiKakiMom's Travelog

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初めてのパリ!ルパンの街!!③

2日目 モン・サン・ミッシェル行き

5時半の起床からの長ーい一日になるはず。
彼女のカバンから魔法のように現れたみかんとりんごとクロワッサン!(驚いたね、 パリに日本製のクロワッサンを持ってくる人なんてそうはいないよ?)で朝食。
「節約できる時間は節約!これで朝30分多く寝られたんだから文句は言わずにこれ食べな!」って。誰も文句なんて、とんでもない!
朝の人気の無いクサンテミリョ駅までの道は緑たっぷりで清清しい。つい、写真など撮って、道草を食っても、 昨夜のオペラ通りから斜めに走っているピラミッド通りを通って、ちゃんと七時にはM14号線でピラミッド駅からシテラマセンターへ着くはず。 おかげで7時には余裕を持ってリボリ街に面したシティラマ・センターに到着しましたよ。
「わぁ!リボリ街だよ!リボリ街!!ルパンも歩いた、ポアロも歩いた!」そう現実だ!そしてセーヌの流れ!
ルパンの始めての恋物語もこの川上、修行時代もこの川面、この川に沿って神出鬼没だったルパン!
シテラマセンターの前の広場にはジャンヌダークの金色の像。ここを左に行けばあの「王道」「人間の条件」のアンドレ・マルロー広場だ。
だからパリは嬉しいんだよね。知っている人の名前の付いた広場や通りに満ち溢れているしね。マルローって確か市長もしているはずだよ。
地図からスタンダール、ユゴー、デュマ、ロスタンなんて名前を拾い上げれる町なんだもの。
シテラマのモンサンミッシェルツァー
まだ薄暗いセンターでチェックインして、教えられたバスの行列に並ぶ。大きな外人の列に小さな私たち二人。
向こうのバスはロァーヌ城巡りのバスだろうか?どっちがよかったかなぁ?どっちもに決まっている。いつかはあっちもねね。
二階バスのツァーは「本日はイギリス、フランス、スペイン、イタリア、日本の5ヶ国語で案内するツァーです。」のアナウンスから始まった。
二階の真ん中の席に座った私たちの周りには日本人が見えなかったものだから、そう聞いた途端にくつろいだ気分。
しかしこの案内はマニュアルがあるのではなく各ガイドに任かされているとみえて各国語のガイドのアナウンスは長さも内容もひどく偏りがある。
英語ガイドには人名地名がいっぱいちりばめられていて年代も入るのに、 日本のマキコさんの案内には人名はカール大帝とリチャード獅子親王しか出て来ないんだもの。 歴史もノルマンディ上陸作戦とか十字軍とかぐらい。確かにブリトン人とでは興味の深さも違うだろうけれどね。
ロビン・フッドとかアイバンホーとかジョン王とか思い出して聞いていたけれど。とにかく通る道はルパンの跳梁した土地だから目を外せない。
行きはノルマンジーのちょうど真ん中を突っ切るようにル・マンの北フジェールの町を抜け、帰りはその北カンの町を通り、 ルーアンの南を掠めて。カンもルーアンもルパンの車が跳梁したところだよ。バスは凱旋門をぐるりとまわって郊外へ。
パリを出るまでは様々な建物、通りに目を奪われて、興味深く町を見下ろしていたが、 郊外へ出ると(直ぐ郊外なの)のどかな牛や羊の居る田園風景が連なりだして、少し眠気が・・・と思った途端「パカッ!」と目が覚めたのは、 その田園に散在する農家の美しさに気が付いたからだ。
バスは素晴らしく美しい狭い通りを通っていた。交差点はほとんどがロータリーになっており、 中心部にはそれぞれ意匠を凝らした花壇が作られていて、農家もそれぞれに花に囲まれ絵のように可愛く、清らかで美しく、 やはり美しかった英国のコッツウォルズの村を思い起こした。
どうして田園や田舎がこんなに美しく豊かさまで漂わせているのだろう?緯度は北海道とさして変わりは無いのに。農業政策だろうか? 歴史だろうか?過去からの蓄積?
少し大きな町に入ったのが11時過ぎ、L‘AIGLEというところで、ここのオテル・ド・ダンファンでプチデジュネ。 もっともバーと書いてあったけれど。
食後歩いてみたら奥に長くて、レストラン、バー、カフェと変化する空間の楽しげな良いホテルだと思った。
Hotel du Danphin
レンタカーでノルマンディをルパンのように走り回れたらここに泊りたいものだ。ここは昨日のレストランと違ってフロントの青年も、 チーズを給仕してくれたおばさんもにこやかでとても感じがよかったもの。
カマンベールを貰って、黄色のチーズを一切れくださいと言ったらチーズの名前を教えてくれた。「○○?」「ノ、○○○」「?○○○?」 「ウィ!」とにっこり。
ここで○○○と書いた位だから、つまりもう私はその名前を忘れちゃったって事!おいしかった濃厚なチーズの名前、 書きとめておくべきだったよ。
後で調べたらノルマンディ特産のチーズはカマンベールとリガード、ポンデールが有名とあった。多分リガードだったと思う?
食事はブッフェで土地のハム、ソーセージ、チーズ、ジャム、などパンが豊富でおいしい!
私たちのテーブルの前の席には一人旅の素晴らしい美女が座っていました。 この旅でもどの旅でも今までに見た生身の女性の中で最高のと言ってもいいくらいの。濃い褐色の長いウエーブの豊かな髪、緑色の目。
私の隣は30代前半と見られる日本女性で、その隣の席は空いていて・・・、私たちがいっぱい盛った皿を持って席に着くと、 もう食べ始めていた美人さんが座ったままの女性に何か話しかけていました。でもその日本女性は全く反応しないようなので、おせっかいな私が 「どうして取ってこないの?って言っていらっしゃるようよ。」と声を掛けたら、お母様がお皿を持って帰ってきました。
入れ違いに彼女が立ったので私と美人は「そういうことね?」って言う感じで目を見交わしてにっこり。 食事の間目が合うとにっこりするのが唯一のコミュニケーション!って、情けないじゃないの?
間もなく山のようにケーキを持って帰ってきた彼女は、よほどおいしかったのでしょう。
「おいしいわ。早く持ってきたら?」
私もデザートの誘惑には勝てないので、直ぐに取りにいってきましたよ。
「うーん、おいしい!」彼女は食べ終わると「近くを歩いてくるわ。」と、微笑して出て行きました。「バーイ!」
「凄い美人だったね。英語だったけれど、どこの国の人かしら。」なんて友と話していると、件の美女は直ぐに帰ってきて「ものすごく寒いわ!」 とぶるぶるのジェスチャー。
で、思わず聞いてしまいました。「どこからいらしたの?」
「ベネゼーラよ。」
「まあぁ、暑い国ね!それなら寒いでしょう。」
「ええ、あなたはどこから?」などとたどたどしく話していたら、向こうのほうで自分たちだけで賑やかだったおばさん3人組が
「えー、ベネゼーラですって?私たちはオーストラリアからよ。」と割り込んできました。英語同士の強みに会話は横取りされてしまいました。
L’Aigleの町 ホテル内 
私たちはまだ時間があったので、ホテルを見て、パンフレットを貰って、近所を歩いてみました。 私たちには全く良い陽気で暑いくらいだったのに、タートルのセーター着込んでコートの前を合わせて、 いったいヴェネゼーラってどのくらい暑いんでしょう?
それにしてもよちよち歩きの会話の間中全く無言だったお隣の母娘、後で私の「パリは初めてですか?」に、
「いいえ、しょっちゅう。いつもは父と3人で来るのですけれど、今回は父が来れなくなって、 パリなら慣れているから母と二人でも大丈夫だろうって・・・」
「え~、一人でも大丈夫な年だろう?」って、心で突っ込んだ私たち。
後で「金持ちの箱入り娘だ。ヤバイ。私もさっちゃんと海外旅行をするようになったら終りかな?気をつけよっと。」
「何言ってるの。しっかり者の元気娘を持って、幸せ者が!。さっちゃんなら何の心配も無いわよ。」と言った私は、 娘を持っている人が羨ましくて・・・
さて、バスの旅はまだまだ。「馬のバチカン」と呼ばれているという国立馬養育場のとても厩舎なんて思えない城のような立派な建物、 見事なグリーンの前を通り過ぎ、中世の城をそのまま利用したという岡の上の町を通り抜け(これは石積みの風変わりな魅力的な町でした。
馬のバチカン ドン・ファンの町?
不思議な統一感もあって、走り抜けるのが惜しいような、ガイドさんがドン・ファンの町と言ったように聞こえたのですけれど、 本当だったのでしょうか?)ました。
マリラの庭のように地理一つ無く掃き清められた庭、花々の美しい窓辺、真っ白な牛の群れ(あれは乳牛だそうで、 しかし人々は余り牛乳は飲まず、ほとんどは加工してチーズにするそう)、と、まさに絵に描いたような農園田園風景。
「ノルマンディは雨が多く、葡萄には適さないので、主にりんごの産地として知られ、有名なのはそのりんごを使ったシードル(りんごビール) やカルバドス(りんご酒)。他に名産としては、ノルマンディソース(ミルク、バター、シャンピニオンで作る)やオフホワイトのボビンレース (中国製が出回っていますから注意して)甘いデザートの様なオムレツがあります。」 などと説明を聞く間もバスはトウモロコシ畑の間を進んでいきます。
その間には本当に村がビーズのように美しくちりばめられているのです。ホガースというこの道中の中では比較的大きい、 教会の美しい清潔な町を通り抜けた途端、ぱぁっと低い水平線が現れました。
そして、その向こうには奇跡のようにモンサンミッシェルが立ち上がっていました。
モンサンミッシェル全景
ここの魅力はまずその遠望にあるかも。のんびりとした緑の田園の後に魔法のように現れる奇観!
バスを降りて、それぞれに選んだ言語のガイドに従って観光する。降りてみたら20人近い日本人がいましたっけ。
まさに海上のピラミッド。聖ミカエル捧げられた修道院。時代と共に城砦になり、監獄になり、今は大観光地。
王の門を通りいよいよ中へ。私たちはグランド・リュを通らずにまず城砦に登って、入ってきた中州の道をぐるりと右手に回って、 後は階段をどんどん上っていく。
入城門 
低層と中層と最高部の層とが階段を上がったり、アーチを潜ったり、身廊を巡ったり、礼拝堂に入ったり、テラスではるか海を眺めたり、 今ゴシックだった部屋がもう一つ入り口を抜けるとロマネスクの柱、天井を見せたりと、 自分の居るところがどんどんわからなくなっていくようだ。
食堂の食事中祈りを捧げる僧の座すくぼみ、床の石、タイルの幾何学模様などに目を奪われたり、 貴族の客間のゴシックの優美な柱をそっと撫でたり、中庭を囲んで二重に美しく配置された円柱に魅せられたり、 階段や建物の間から刻々と違った様相を見せる塔や、その上に金色に輝く聖ミカエルの像に気を取られたり、 あちこちの軒から身を乗り出させているキマイラに惑わされたり、それでいていかにも質実剛健さをも感じさせる不思議な建物群だ。
あざとくなく清潔で寂しく、建物そのものが苦痛を感じていると思われるほどの厳しさがあり、 真に必要としている人に見放されたもののような孤独を抱いているという印象を受けた。
この観光客に満ち溢れ、陽光の美しい日の午後にあってさえも。巡礼たちが神を目指していた頃の忘れ物といった趣だ。イタリアのローマのサン・ ピエトロ寺院とかフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フローラなどに驚かされたことから見れば、 ここは本当に質素な北国らしい風情がありました。
「ルパンの中のドルイドの僧院を感じなかった?」
「棺桶島?あれは地下だったよ、確か。」って、そういう意味じゃなくぅ!
グランド・リュの賑やかな、浅草の仲見世を一瞬思い出させるような土産物店、レストラン、カフェ、ホテル等の道で、 1時間ほどの自由時間に店の隙間から小さな教会を見つけた。
ここには花やろうそくの光が満ち溢れていて、入ってくる人々がコインを入れてはろうそくを灯していく。私たちも火を灯して、 ステンドグラスの照り映えを浴び、祈りの島に来たという実感をやっと得られたという気がした。
この自由時間にあの有名な「プラールおばさんのふわふわのオムレツ」を食べるつもりで居たので、ガイドさんに聞いてみた。
プラールさんの店 
「あそこは格式の高いレストランでコースの最後にオムレツを出すんです。自由時間内にコースを食べるのは無理ですから、止めてください。」
との無常な返事。
で、私たちは諦めたのだけれど、後の人のために付け加えておくけれど、他の日に、他のガイドさんで行った人は「食べたい。」 って頼んだらガイドさんが連れてってくれて注文から何からしてくれて、おいしく食べれましたって。「 ん???」ですよ。 シードル飲むだけで我慢したんですよー!
高速道路でノルマンジーを突っ切り、黄金に輝くエッフェル塔を巡って、あのリボリ街へ帰ってきたのは夜の11時を回っていた。 本日も夜中の地下鉄、朝帰り?

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