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東欧4ヶ国の旅⑤

第4日目 (月) ブダペシュト!

6時半モーニングコール
7時からR階の広いレストランでブッフェの朝食。
8時ロビーに集合で出発。
ホテルの部屋から 快晴

今夜もう一晩このホテルに泊れるから、荷物はほんの手荷物。

午後の自由時間に備えて地図と観光本。

それに今朝は最初にゲッレールト温泉へ行くので水着一式を携える。 水着はその後オプションを予約した人が乗っていくこのバスの中においていっても良いと言うことなので助かる。

パスポート現金貴重品は小さくまとめて添乗員さんが預かってくれるそうだ。

観光本を読んで、「温泉の入り方」を調べていたが、妙にロッカーの使い方がわかりにくく、貴重品をバスの中においていくわけにもいかないし・ ・・ と思っていたが、これでクリア!

ホテルから片側に広い公園の続く道をバスに乗ってモスクワ広場を通って川端の道をゲッレルト温泉を目指す。
ドナウ川のブダ側

午後私たちは自由行動にしたが、オプションを採った人たちはこのバスでそのままドナウベントへの半日旅行をする。

私はそこも魅力的なのだろうと思ったが、それ以上に折角のブタペストの町とおなじみになりたかったのだ。

夜のドナウ川のチャーター・クルーズの方は申し込んだ。

ブタペストは子供の頃何度も読んで涙を流した「パール街の少年たち」 の故郷なのだ。

ブタペストといえばパール街、ネメチェク・エルネーとボカ・ヤーノシュの街だ。

モルナール・フェレンツの作品にはもっと有名な「リリオム」というのがあるそうだが、私は読んでいない。

でもこの「パール街の少年たち」の主人公2人は子どもの時の私のかけがえのない尊敬する友人だった。

パール街はペスト側のヨージェフ環状道路から脇道に入り30メートルぐらいのところだそうだ。

物語に出てくるマーリア街・ラーコシュ街・電車通りのユレー街・植物園に理科中学校・キニッジ街とケステレク街の間のタバコ工場・ エステルハージ街・博物館そして今はないパール街の空き地。

勿論この旅では残念ながらこの地を訪ねることは予定してはいない。

彼女はこの物語を覚えていないというのだし、調べられるところでは大体の場所は特定できているのだが、私の思い出の中に留めておいて、 普通の観光をすることにしよう。

「何度も来れるという都市ではないのだから。」と言い聞かせてる。

うーん、だからこそパール街に後ろ髪引かれる思い・・・も。

 

   感傷を背負って街を振り返る

 

   子どもらの行く先皆パール街

 

ま、それはさておきバスは鎖橋・エルジェーベト橋の袂を通りゲッレールトの丘を目指す。
エルジェーベト橋 エルジェーベト橋
 

ゲッレールトの丘のふもとに立つゲッレールト温泉は後ろに従えた丘や隣の白い彫像の聳える丘とすぐ前のドナウ川の流れと自由橋の景観を合わせて、 素敵なローケーションの豪華なアールヌーボーの建物だった。

療養用の温泉施設を備えた一流ホテルとして建てられたプール・重厚なレストランもある複合施設だ。
ゲッレールト温泉正面 ゲッレールト温泉とゲッレールトの丘

美しいエントランスにガラス張りの天井、柱列に囲まれた大空間にプールと地下浴場から階上の露天(屋上?)温泉まで、 かなり入り組んだ構造の温泉施設だった。

ロッカー番のオバサンが居てそのロッカー室で水着に着替えて混浴の温泉へ出て行く。

ロッカーナンバーはしっかり自分で記憶しておいて後で開けてもらうのだ。

勿論女性専用の裸でいい温泉も有るけれど、つながっているので様子の分からない初心者は全部水着で通すのが無難なようだ。

内部は青緑のタイル、ジョルナイ製の玉虫色のメダイヨン、エキゾチックな美しさが魅力的。
温泉入り口 温泉内部

温泉そのものに浸かる時間よりあちこち回ってキャー素敵といっている時間の方が多かったような温泉体験だった。

「まさか見落としたところは無いよね。」

「うーん、迷路だものねぇ。」

ま、それでも暫し屋上露天温泉に浸かり、デッキチェアに寝そべって、ブダペストの湯客を鑑賞?する時間もあったし、

それもあって時間はあっという間に過ぎてしまったし、

十時には着替えて、入り口広間に集合。

バスで市内観光。

まずはブダの丘に聳える王宮へ向かう。

バスを降りたのは漁夫の砦のほぼ真下辺り。

石積みの城壁の上に真っ白な塔が光に輝いている。

道からその砦まで大階段を上っていく。
漁夫の砦

砦は回廊のように二重の列柱が並び龍や戦士などのロマン主義的な彫像で飾られている。 

この7つの塔はマジャール7部族の7つだそうで、そういえば後で行った英雄広場にも7部族の首長の7体の像があった。

今思うにその7部族というのはどういう歴史を持った部族だったのだろう?
漁夫の砦の上へ 7部族

勉強不足です。

ヨーロッパの民族の移動はそれだけ取り出しても大歴史叙事詩になるのだから、生半可な勉強では理解できないだろうという恐れがあって、 なかなか取り付く気になれない。

中学の世界史で習ったうろ覚えの知識だけでヨーロッパを楽しむなんて中途半端な挑戦?だねぇ。

「このあたりってフン族が流入してるよね?」

「ふむ?マジャール族とフン族ってなんか関係ある?」

「?」「?」

しゃべりあっている二人のあいまいな表情と口調が情けない。

漁夫の砦は1903年に中世の城壁を利用して眺望と装飾の為に作られたもので、真っ白なネオ・ ロマネスクの塔はハンガリーの騎馬民族文化の名残だという説明を聞き流してしまったが、名残とは塔の形だろうかその名だったのろうか?

その砦から続くのがマーチャーシュ教会の前庭になる三位一体広場で、その真ん中に初代国王イシュトバーンの堂々たる騎馬像が起っていた。

マーチャーシュ教会はロマネスクの教会として13世紀に創建されたが何度も修復を重ね、北塔はゴシック当時の姿をとどめている。
マーチャーシュ教会 教会模型
オスマントルコの時代にはモスクとして使われ、その後バロックの時代を経て19世紀に建築家シュレクによりネオ・ゴシック様式になった。

屋根の色鮮やかなタイル、内部のステンドグラスやフレスコ画など見るべきものが沢山有ると勉強してきたが、 中に入るには長い行列が出来ていて、時間が足りなさそうだったので(入場600フォリント)あきらめた。

砦からのドナウ川越しの景観を、ペシュトのパール街はどのあたりだろうかと思いながら眺めたり、教会の屋根のタイルに見とれたり、 三位一体広場のペスト柱前を行き来する観光客を眺めたりしていた。

ブタペストの建物の屋根に見られるタイルの装飾的な幾何学模様は他でも面白いものがあったが、やはりユニークで異国的、 エキゾチックとでも言ったらいいのだろうか。

この街を特徴づけている。

これもあれも「ジョルナイのタイルかなぁ?」などと思いながら見ていた。

この広場の奥の城壁内には様々な博物館やショップがあって、 その城壁はアレキサンダー大王の王宮の城壁が残ったものだと添乗員さんは言っていたが、アレクサンダーの版図はここまで広がっていたのか!

私たちはここからまたバスに乗ってペシュト市内の観光に向かうことになっていて、 残念ながらこのブダ王宮の肝心の王宮の方までは行く予定になっていなかった。

ブダ王宮の現在の姿は19世紀のもので、ウィーン王宮に似た壮麗な古典主義のもので、 地下には過去のゴシックやルネッサンスの部分が残っていて複雑に入り組んでいるという。

その王宮には今は多くの美術館が入っているそうだが、勿論行かない。

確かに美術館は時間を取るからこういうツァーでは無理なのだろうと自分を納得させつつバスに戻る。

この頃にはすっかり諦めが良くなった!私たち?
国会議事堂 鎖橋

その王宮の城壁と鎖橋を車窓観光、ドナウ川を渡り聖イシュトバーン大聖堂へ向かう。

この付近でバスを降りこの聖堂も前の広場から巨大なドームを仰ぐだけだった。

ほんの写真タイム。

50年以上の年月を掛けて1905年に竣工したこのブダペスト最大の聖堂は直径22メートルもの壮大なドームと二本の塔を従えている。

このドームは新古典主義で設計されたものが途中崩れ落ちネオ・ルネッサンスのドームに変更されて完成したものと読んでいた。
聖イシュトバーン大聖堂 大聖堂内部

広大なその内部のステンドグラス、壁画を是非見てみたいと思っていたが、 無常にも添乗員さんにせきたてられて私たちは直ぐその先にある土産物や「ドーム・フォルクロール」へ。
みやげ物店の通り

バスの中で聞いていた通りの土産物が溢れる店内には日本人の店員も居り、円での支払いもOKだと至れり尽くせり?

女性陣は様々な華麗な刺繍製品に群がっていたが、私はお薦めのプロポリスクリームとブタペストの写真集(1300円+700円) を買っただけで、さっさと一人で聖イシュトバーン大聖堂に戻った。珍しいことに彼女はお土産の中に埋没している。

残された時間は約十分、急がなくちゃ。
大聖堂 大聖堂

中を軽く覗いて、来たという印に内部の絵葉書を一枚(50フォリント)買って慌しく土産物やに戻った。

まだレジに列を作っている人が居てその人たちを待っている状態だったので、ちょっと急ぎすぎたのを後悔した。
ドーム・フォルクローレ 内部

噂の?プロポリス飲用 プロポリスクリーム

折角時間を盗んでいったのに祭壇まで行かなかったのだから。 

バスに戻りブダ側の丘へ登っていく途中のレストランで昼食。

中華料理店「魚江楼」

ハンガリー読みで「ネフリット」エメラルドの意味だと言う。
ネフリット

割合においしい中華が食べられたけれど、折角のブタペストで中華は無いよね。

おいしくなくても土地の料理が食べたかったなぁ。

多分旅行社にとっては無難な選択なのだろうけれど。

昼食後バスでエルジェベート橋まで戻りそのたもとで解散。

大抵の方はオプションのツァーにそのままこのバスで出かけられたが私たちほか数名の方がバスを降りた。

添乗員さんもここで降りて後はガイドさんが付いて行ったようだ。

「夜のオプション・ドナウクルーズに間に合うように集合はホテルのロビーに18時50分。

ホテルは地下鉄のモスクワ広場駅から歩いて約十分。

タクシーは使わないでください。

どうしてもという時は最寄のホテルからタクシーに乗ること。

その場合も側面に7桁の番号のある車、ブダタクシーを使うこと。」などの注意を受けて解散。

添乗員さんが

「私は中央市場へ行くのですけれど行かれる方はそこまでご一緒しますが。」

と言うので、

「あら、私たちも行く予定にしています。」と同行。

他の方たちとはそこで別れた。

エルジェベート橋からベル・ヴァーロシュ教会の前を真ッ直ぐ広い道を進み、ヴァーツィ通りに折れる。
ヴァーツィ通り ヴァーツィ通り

ペシュトの歩行者天国の銀座通りとも言うべきこの魅力的な通りを、一方の突き当りまで歩くとそこが中央市場になる。

通りは人で溢れていて、まるで真夏のような陽光の下、通りに張り出したオープン・カフェも満員だ。

通り中が陽気な声に満ちている。

銀座より人懐っこい印象、下町の香りと山の手の香りが混在している。

アンナ・カフェの先に特徴的なあのタイルの幾何学模様の大屋根を持つ中央市場が立ちふさがっている。
中央市場 ジョルナイのタイル屋根

ヴァーツィ通りが尽きたところで、市電の行きかうヴァームハーズ大通りを渡ると中央市場、右手を見ると自由橋。

昔の東京みたいだと暫し市電に見とれて、こういう電車が通るだけで街が身近に懐かしくなるのは何故だろうと思っていた。

     

   ちんちんと音はせずとも昔かな

 

中央市場は1897年から営業していると言う歴史のある市場で、勿論市民の台所であるけれども、 私たち観光客にとっても実に魅力ある場所だった。

天辺に可愛らしい飾り塔のある中央ファサードのユニークさもさりながら、その両翼の屋根のタイル幾何学模様の目覚しさ。

両翼の棟、その先のとんがり三角屋根には黄色・緑・赤っぽい茶色のタイルの模様が実に楽しい繰り返しを描いていて、

その色は唐三彩にも通じるようでもあると思った。

建物事態の色煉瓦が織り成す模様も合わせて私は「好きだなぁ!」と感嘆していた。 

おしゃれなヴァーツイ通りの終点に出現したオールドハンガリー!

外部の賑やかな楽しさだけでなく、鉄骨の梁に吹き抜けの硝子の大天井、薄暗さを補う雪洞様の街灯、 一軒一軒は小さいながらも商品を山積みにした店、行き交い会話を交わす大勢の人たち、なんかわくわくしてくるような魅力。

どの都市でも市場は多分一番のその町らしさを見せてくれるのだろう。
市場の内部

入り口で添乗員さんと別れたけれど、彼女もこの場所の魅力に引き付けられているのかしら?

私もここで暫くふらふらしてみたくなったけれど、正気の友人が居てくれるのはありがたいことで、

「時間が無いよ!」の魔法の言葉で我に返る。

時間はもう後4時間少々なのだから。

それにしても市場に山済みの色鮮やかな野菜や果物は、一目でスイカだ!苺だ!かぼちゃだ!なすだ!トマトだ! って分かるのに異国情緒満点でそれぞれに「!」を付けたくなるほどインパクトがあるのは何でだろう。

ちゃんとその国の野菜してるんだねぇ、これが!

なんて、馬鹿なこと思いながら、どれをも齧ってみたいんだなぁ。 

またヴァーツィ通りに戻りこの道の反対側の終点まで歩くことにする。

綺麗で楽しい道だ。

色々な店をきょろきょろ歩いていると一軒一軒をチェックする集中力が無くなるのだろうか?

アンナ・カフェだ、カフェ・ユーロパだ、ヘレンドだ・ジョルナイだって思いつつスーッと歩き通してしまって、 今思うと何でお店の中に入ってみなかったのだろう?

ジョルナイは結局屋根のタイルしか見なかったことになる。

間が抜けてるね。「全く!」

買物をする気がなかったからかな。

でも楽しみながら、終点に近いヴェレシュマルティ広場まで行くと緑の木陰に白大理石の巨大な集合像、ヴェレシュマルティ・ ミハーイの像が人々に囲まれて憩っていた。
ヴェレシュマルティ・ミハーイ像 カフェ・ジェルボー

そしてその向こうにカフェー・ジェルボーの名が。

添乗員さんと歩いている時に彼女が

「どこかカフェでも行く予定ですか?」と聞いたので、

「そのつもりですけれどお薦めはどこですか?

ジェルボーかニューヨークかセントラルと思ってはいるのですけど。」と言うと

「やはりジェルボーがいいですよ。」と言ったのだ。

後であそこでお茶をしようねと言いつつ私たちの次の目的地はアンドラーシ通りとその突き当たり英雄広場のヴァイダフニャド城だ。

ここから城までは距離にして約3キロ余り、地下鉄の駅にしてヴェレシュマルティ駅から八つ目になる。

「歩いてみたい通りなんだけれど・・・」

「時間がかかりすぎるでしょ。暑いし。地下鉄にしよ。」
地下鉄

「確かに!」本当に好天過ぎて暑い一日になった。

この通りそのものは旧市街と市民公園を結ぶ約2キロの計画道路で、その両脇には華やかな折衷様式の建築が立ち並んでおり、 街路樹が良い木陰を作っていると本には書いてあったのだが、

私たちが乗って行こうかと話していた地下鉄M1号線はちょうどこの通りの真下を走っている。

この地下鉄は1896年開通のヨーロッパ大陸初の地下鉄だ。

ヴェレシュマルティ・テル駅から乗りヘーシェク・テル駅で下車。地下から上がると目の前は強い陽射しに真っ白に輝く広い公園が広がっていた。

英雄広場だ。

マジャール民族による国土征服千年を記念して1896年に作られた広場で、中央には天辺に大天使ガブリエルの乗る建国記念塔が立っている。

その台座が素晴らしい。

マジャール七部族の長がぐるりと取り囲んでいるのだ。

真ん中には首長の長とも言うべきひときわ大きい騎馬の族長の像。名前を何かで読んでいたのだけど・・・「アルパードだ!」

マジャールの族長ってホント強そうだなぁ。
英雄広場のマジャール族像

その柱を取り囲むコロネードには14人の歴代王族の像が起つ。 

この広場を挟んで両端には相似形のギリシャ神殿が二つ。

左が西洋美術館で右が現代美術館だ。

西洋美術館? 現代美術館?

平日の午後、誰も通らない広場で、何かの美術展が始まるのか終ったところなのか、数人の人が西洋美術館の前で働いているだけの静かさだ。

池に掛かる橋を渡るとその向こうには市民公園の緑地が広がっている。

この奥にはセーチェニ温泉やハンガリー様式の象の家・雉の家で有名な動物園、遊園地、「グンデル」 というハンガリーを代表する高級料理店などがあるそうだが、私たちは池を渡った直ぐのところにあるヴァイダフニャド城だけが目的だ。

中は農業博物館になっているそうだが、究極の折衷様式といわれるおかしな建物に興味があるだけなのだ。
ヴァイダフニャド城 ヴァイダフニャド城

19世紀末に建てられたこの公園のシンボル城は面白がって「なんでもありにしようぜ。」と、建てられたに違いない?
ヴァイダフニャド城 アノニムス像

中世の騎士が出てきそうな入り口や、アイバンホーの姫が囚われていそうな塔、ラプンツェルが長い髪を下ろしてくれそうな小窓、 城の様でも寺院の様でもありそうな雰囲気。

周りを回ってみたらドルイドの大男みたいな像が一つ。

この像が「アノニムス(匿名)」の像といわれているのはハンガリー最古の年代記作家は誰か、 名前不詳のためこう呼ばれていると書かれたものを読んだが、よく意味が分からなかった。

つまりこれは最古のハンガリー年代記の作者の像ということか?

アンドラシー通りにはオペラハウス、リスト・フェレンツ記念館、コダーイ記念館、国民人形劇場、オペレッタ劇場、 広場の近くは大使館だらけだし結構見所のある建物があるんじゃないかなぁ・・・とは思うのだけれど。

気になるのは夕方の集合場所が街中ではなくて郊外のホテルだと言うことだ。

時間の見切りが上手く出来ないのだから。

で、地下鉄でへーシェク・テール駅からオペラ駅まで戻り、オペラ座を見て少しの距離だけアンドラシー通りを楽しむことにした。

ところが戻りのホームの切符売り場は故障中。乗っていく人は回数券なのか定期なのか切符販売機には近づかない。

「うーん、向こう側で買えばいいのじゃない?さっきの切符にも値段しか書いてなかったもの。」と、私の頭のいいこと?

階段を上ったり下りたりしながら切符を手に入れて無事オペラ駅で下車。

オペラ座は直ぐ地下鉄を上がったところに有って、パリのオペラ・ガルニエとは比べるべくも無いが、3層の堂々たる建物だ。
オペラ座

柱列、三階のテラスに並ぶ白亜の彫像群、ウィーンのオペラ座を意識して建てられたと言うネオ・ ルネッサンスの建築は上品に均整が取れた美しさを見せていた。

ここでオペラが見られないのは残念だけど、オペラ・ガルニエにもまだ入ったことは無いのだからと、いたって諦めはいい。

さ、少しアンドラシー通りの雰囲気を味わって、カフェ・ジェルボーで一休みしましょ。

木陰のある道を歩き、バイチ・シリンスキー通りとの交差点を渡り道なりに行くとエルジェーベト公園と表示のある公園へ出た。

公園を突っ切る時見たら今度はそこはデァーク・フェレンツ公園となっていた。

そして目当てのカフェ・ジェルボーが見えた。 

ケーキのウィンドーには余りに沢山のケーキがあって、注文したいケーキの名前を覚えるのも難しい。

さぁ、これにするわと二人とも決めて席に着いたのだけれど、テーブルでメニューを見ていたらおいしそうな様々なフルーツ・ パフェの写真が載っていてツイ目を奪われてしまった。

結局彼女はバナナパフェ、私はストロベリーパフェ。
ジェルボーのパフェ

ケーキを食べなかったのを後で後悔するような気もしたのだけれど、それにおいしいコーヒーもね、でもパフェのクリームはとてもおいしかった!

カフェの中を見渡しながらのひと時はあっという間に贅沢に流れていった。

もうのんびりしていられる時間は30分足らずと踏んで、国会議事堂も見たいけれど、これは舟からと言うことにして、

「鎖橋?舟で下を通るわよ。」と言うことだし、

この近辺をぶらぶらすることにしてヴァーツィ通りへ踏み出した。ジョルナイの辺りからキジョー通りへ折れコッシュート・ラヨシュ通りへ。

この通りをズーッと行くとヨージェフ環状道路へ出るんだ。
古い町並み 新しい?町並み

そうするとパール街はさして遠いところではないのだと思うと、諦めた心がむくリと顔を出す。う~ん、残念!

ヴァーツィ通りの一つ東側の通りをさっきの中央市場の方へ少し歩いて「十五分で戻り道に入らないと。」

その少し先「もう戻らないと。」というあたりに、うらざびれたパサージュのような建物があった。

中の殆どの店はもう店じまいしていて閑散としているが、天井とか建物の感じとかが往年の美しさの名残を漂わしている。

そういえば本で読んだのだが、パーリジ・ウドヴァルと言うパサージュがどこかにあるはずだ。

キジョー通りからペティフィ・ジャンドル通りに向かうところとあったが、まさかここではないだろう?

それとも?結局分からなかった。

ヨーロッパにはパサージュが多いのだろうか?

アストリア駅から地下鉄M2線でモスクワ・テール駅まで行く。

モスクワ広場は治安が悪いと本には書いてあったが、確かにあちこちに暇そうな人がたむろしている感じがあって、 殺風景ながら広い市電の要衝になっていた。

幾つもの路線がここで行き交い混ざり合っていて、添乗員さんが

「ここからは歩いてください。路線が入り組んでいるので紛らわしく違ったところに行ってしまう可能性が高いですから。」 と言った意味が分かった。

この近辺の人に間違いないと思われるオバサンにホテルの名前を行って道を聞いてみたが「市電に乗りなさい。」 と一生懸命言ってくれているのが分かっただけで、私たちはこの広場から四方八方に伸びている道を前にして行きあぐんでしまった。

でもここは方向に強い彼女が居ることが頼もしい。

ホテルからバスに乗って「ハリネズミがいっぱい居ますよ。」と添乗員さんが言った緑濃い公園の横をズーッと走って広場に出たこと、 おばさんが指し示した方向(その直ぐ先で電車の路線が二股に分かれ、またその先でも別れているんだから)を考慮して、 地図と首っ引きで道を決めて、ここから十分歩いて着かなければそこでまた考えることにして、とりあえず歩き始めた。

 

石畳路線と鼓動が交差する

 

左側に木立の緑が深い電車通りを

「うん、こんな建物見た気がするよ。」などと力付け合いながら歩くこと十分。

ホテルが見えてきたときにはホットした。

時間はまだ十分余り余裕があった。

とにかくセーフ!

ロビーには殆どの人が集まっていた。

バスで時間通りに出発。

夕食は「カルティンベルク」というレストラン。

場所が良く分からないのだがエリジェーベト橋の袂を通った。

夕食は人参のサラダ、ストロガノフ、クリームパイにコーヒー。

20時からチャーター・クルーズでドナウ川の夜景を観光する。

ヴィガトー広場近くの国内線乗船場から「セントンドレ号」という船で出発。
昼間の乗船場 夜の乗船場

船の一番先頭に上手く席を確保できてラッキー。

「鎖橋の両側の袂には二対のライオン像がありますが、ブダ側のライオンには舌がありますが、ペシュト側のには舌が無いんです。」

本にはそれが笑いものになって作家がモルドウに身を投げて死んだと書かれていたっけ。

「当時本物のライオンの舌を見たことのある人が一体どのくらい居たものか!」と私は思って作家に同情を感じたのだが。

そんな事を思っているうちに夜は濃くなり夜景は輝きを増してくる。

 

   舌の無き我に似ている獅子も居て

 

写真はだめだろうなぁと思いつつゲッレールトの温泉、ブダの城丘、そして昼間見られなかった国会議事堂の写真などを撮ってみた。

綺麗だった。
夜景・鎖橋

水辺の夜景はどこもいいんだね。海辺も川筋も。

「あー、きれいだ。美しい夜景だ!」とただただ思っているうちにもう船は帰り道。

 

   点と線光を介する記憶かな

 

   幻が光の渦巻く夜に落つ

  

彼女も私も「国民劇場を遠めに見て船はUターン」とメモに書き残しているところを見ると、添乗員さんが勘違いしたのだろう。

この川べりには国民劇場と言う物は無い。

少なくとも持っていたどの地図にも載っていない。

プラハには川岸に有名な国民劇場があるからきっとそこと勘違いしたのでは。

地図にはそれらしき建物が記載されていないので「?」のままだが、中央市場の先の目立つ大きな建物だとここに書いておこう。

いつか分かるかもしれないから。

国立博物館か工芸美術館でもあったのだろうか。

それにしても夜景写真の撮り方を何とかマスターせねば。

って、カメラの問題?

短かった楽しみを終えてホテルに帰りついたのは夜の10時半ごろだった。

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