旅行記|散歩|KakiKakiMom's Travelog

« 私のロマンチック街道紀行 ③ | メイン | 私のロマンチック街道紀行 ⑤ »

私のロマンチック街道紀行 ④

第3日目 5月28日(日) いよいよロマンチック街道へ

 

ロマンチック街道!ロマンチック街道!と、鼻歌交じりで楽しみにしていた日々、なんとドイツには沢山の街道がある事を本で発見!

まぁ、殆どは観光のために作られたコースのようなものですが、そこそこの歴史をちゃんと背負っていて、しかも立派ないわば?「客寄せパンダ! 」キャッチフレーズも付いているというわけで、私なんかすっかりその気!

「何時かはこの街道全部制覇してみたいものだなぁ」・・・なんぞと思ってしまいましたよ。

ドイツ旅行を考える時の参考までにちょっと挙げておきましょう。

 

ロマンチック街道

ロマンチック街道=ヴェルツブルクからフュッセン(350K)

古城街道=ハイデルベルク~ニュルンブルク~プラハ(975K)
古城街道 メルヘン街道

メルヘン街道=ハーナウ~ハーメルン~ブレーメン(600K

アルペン街道=バイエルンからベルヒテスガーデン(480K

ファンタスティック街道=ハイデルベルクからコンスタンツ(400K
アルペン街道 ファンタスティック街道

ゲーテ街道=フランクフルト~ワイマール~ライプチヒ(380K

ワイン街道=シュヴァイゲン・レヒテンバッハからボッケンハイム(85K

エリカ街道=ハンブルク~リューネブルガーハイデ~ツェレ・メルン

ミルク街道=ニーダー・ザクセンシュターデ地方に4ルート (100K)

クラウデァ・アウグスタ街道=アウグスブルクからローマ 

塩の道=ザルツブルクからアウグスブルク

城郭街道=ハイルブロンからハイデルベルク(90K)

 

今日は昨日より明るい朝になった。朝食後出発までにホテルの周りを散歩したが昨日より暖かい1日になりそうだった。
こんなモニュメント発見 ワールド・カップ仕様?
              (市電に花魁の浮世絵?)

彼女は朝私よりすることが多くて?朝の散歩にはユックリお付き合いいただけない。だからまだ仕事に出てくる人も居ないこの町の朝は 「私一人のもの!」と思ったら、メッセとホテルの間の池のある公園にご夫婦で参加していらっしゃる方のご主人が一人散歩していらした。

スケッチブックを持って!なんと格好のいいこと!

「青鷺がいますよ!」

ひとスケッチなさったとかで見せていただいたのが素晴らしい!

こういう才能があると旅はまた一つ美味しくなるんだろうなぁ・・・!

さて自分の荷物がバスにちゃんと乗ったかを確認して出発。

午前中の予定はフランクフルト市内観光。ガイドさんも乗り込んだ。

ところが日曜日とあって予定の大聖堂は朝のミサのため観光できず、外観を見るだけになってしまった。

ついでレーマー広場を抜けて旧市庁舎レーマーへ。
レーマー広場へ レーマー広場へ
レーマー広場はこの木組みのピンクの旧市庁舎(15Cの貴族の家3軒が繋がっている。階段状の切妻屋根が面白い) と色彩が色々の木組みの家がぐるりと周りを囲んでとても可愛い。
木組みの家 レーマー(旧市庁舎)

商業と金融と交通の一大都市と言う面影はここにはない。おとぎの国のもののようだ。

フランクフルトの地名はフランク族の王国+川を渡るところ(フルト)という意に因るとか、 昨年がフランクフルト1200年祭だったとか、 1992年にヨーロッパ運河 (ライン川とマイン川とドナウ川と黒海を結ぶ)が出来ましたとか、話しながらガイドさんはさっさと進む。 少々写真を撮るのがやっとと言う速さ。レーマー広場を抜けて次の目的地はゲーテハウス。
ゲーテハウス・博物館 入場チケット

ここはやっと落ち着いて全館見学できるらしい。4階まで説明を受けながら巡った。 ここはゲーテの生家、ゲーテゆかりの品物を見るだけではなく当時のこの都市の暮らしぶりが分かるような展示になっている。 と言ってもゲーテの家は名家だから上流のだけれど。

「若きヴェルテルの悩み」とか「ファウスト」が書かれた「詩人の間」などには興味をそそられた。
ゲーテ肖像
私がこれらの本を読んだのも今は昔。本当に若き日だったなぁ!「ミニョン」懐かしいなぁ・・・
ゲーテハウスの内容

当時としては最先端の暖房、品のよい調度品、それでもやっぱりドイツは質実剛健?ドイツ気質?も伺われるようだった。

バスに戻り約1時間半の旅でビュルツブルクへ。

いよいよロマンチック街道の旅に突入する。わーい!!!

ロマンチック街道図

ロマンチック街道はビュルツブルグからノイシュバンシュタイン城で知られるフュッセンまでの約350キロの街道で、 この街道上の城下町にはビュルツブルク、バートメルゲントハイム、ヴァイカースハイム、クレクリンゲン、

ローテンブルク、ディンケルスビュール、ネルトリンゲン、ハルブルク、アウグスブルク、ランツベルク、フュッセン、シュバンガウ等が有る。

私たちも数日かけてこの中の幾つかの街を巡っていくのだ。

これがワクワクしないでいられるだろうか?

ビュルツブルク到着は12:45.まずは昼食。
初ソーセージ

「ハック・オ・フェレ(パン焼き釜の意)」で、初めてのドイツでのソーセージ!白ワイン付きの美味しい昼食の後、観光。
絵葉書の旧マイン橋 昔の町の風景

ビュルツブルクはドイツの臍(中心)に当たる?ほぼ真ん中辺に位置している。人口13・6千人の町に87もの教会があるそうだ。 中世には司教座があり司教領主の町だった。

教会の塔が多い

司教領主だって。やっぱり宗教は権力の一形態!

マルクト広場の噴水にはフランコニアと呼ばれるフランクフルトの守り女神像があり、 その下には彫刻家リーメンシュナイダーと画家グリューネグルトともう1つ(?)の3像が寄り添っている。 私たちはマイン川に架かる旧マイン橋へ。
旧マイン橋の聖人
橋の上には12の聖人像がある。モルドゥ川に架かっていたカレル橋を思い出す。
旧マイン橋 橋からマリエンベルク要塞
橋からこれから行くマリエンベルク要塞が見える。それもちょっとプラハを思い出させる光景だ。

ここからレジデンツへ。美しい建物で大司教の宮殿として18世紀半ばに建てられた。
レジデンツ 階段の間
玄関から入って直ぐの階段の間が一番有名で美しい。天井画はティエポロのフレスコ画で世界で一番大きいフレスコ天井1枚画なんだそうだ。

「ティエポロはこの作品で今に換算すると1億3千万円の報酬を受け取ったんですよ。白の間、その他の装飾・ 石膏の浮き彫りやスタッコという漆喰飾りを手がけた人は余りの重労働に精神を病んで報酬を受け取ることはなかったそうです。」 それってティエポロの強靭な神経に驚けって事かしら?

非常に美しい贅を尽くした宮殿で、これが王の館だというのならただ感嘆していられるが、司教が・・・ となるとやっぱりただの感嘆とはいかないところがある。最も日本の寺院もそういったところはあるけれど・・・?

その可哀相な漆喰師の作品は本当に美しかった!からより哀れ。
ビュルツブルクの町 マリエンカペレ

またバスで岡の上のマリエンベルク要塞へ。大司教の要塞居城で城壁や稜堡で堅固に守られた、 まさに要塞。司教は領民から自分を守るためにここに住んだという説明を聞いて・・・キリストも泣けるわね・・・?

とにかくここでは中に入らずにテラスへ一目散。
マリエンブルク要塞のテラス テラス花壇
確かにヴェルツブルクを一望する眺望は絶佳!庭園も然り!

眺望絶佳 要塞の塔

町の全景を見に来ただけでした。

バスに戻り一路ローテンブルクへ。

6:00ホテル・リーメンシュナイダーへ到着。
ローテンブルグ入門 ホテル・ティルマン・リーメンシュナイダー

ここは地図で見ていたのだが町の中心マルクト広場の直ぐ傍で、きれいなホテルで部屋も乙女チック。 夕食はこのホテルのレストランで7:00ということなので 「散歩時間が有る!」筈だったんだけど・・・入り口で添乗員さんと鉢合わせ。

彼女は指に包帯を巻いて痛々しい顔をしていて貧血を起こしていそうだったので、私たちも慌てた。 近くのレストランを見に行って強風にあおられたドアに挟まれて切ったとか。日曜だし、医者は隣町だし、薬屋さんでとりあえず消毒と包帯! ということだった。血もだろうが多分挟んだ痛みだろう、取り乱しているようだったので座らせ休ませ・・・と世話焼き。

そんなこんなで、マルクト広場だけチョコット覗いて見たら、幸いなことに?市議宴会場の壁にある「マイスタートルンク」 の仕掛け時計が7時を知らせるのを見れてしまった。
マイスタートルンクの仕掛け時計 ホテルの夕食

夕食は伝統的バイエルン料理、シュバイネブラーテン/ローストポークでしたが・ ・・失礼ながら・・・これは余り美味しくないということが判明?ヌードル入りのスープとサラダ、アップルケーキ、 コーヒーに私は当然の地ビール!で乾杯でした。

可愛らしい安心な町のまだ明るい夜9時の散歩を少々楽しんでお休みなさい。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kimuriders.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/566

Name

E-Mail

URL

Comment
Very Happy Smile Sad Surprised Shocked Confused Cool Laughing
Mad Razz Embarassed Crying or Very Sad Evil or Very Mad Twisted Evil Rolling Eyes Wink